なぶんけんブログ|奈良文化財研究所に関する様々な情報を発信します。

晩秋の庭

晩秋の庭

飛鳥資料館では、秋の特別展も終了し、冬の企画展「飛鳥の考古学2014―縄文・弥生・古墳から飛鳥へ―」の準備に邁進しております。資料館の庭では、名残の黄葉が冬の訪れを告げています。人影もまばらなこの時期、空気も凛と張り詰めています。 朝靄に煙る山々を背景に、皇帝ダリアが美しく咲いていました。雨もまた良...

続きを読む
(74)姿を現した西の大寺(下)

(74)姿を現した西の大寺(下)

二つの金堂 回廊ぐるり  西大寺の境内を散策すると、本堂の目の前に東塔の基壇があります。それでは創建時の金堂はどこにあったのでしょうか。奈良時代の財産目録である『西大寺資財流記(るき)帳』をみると、西大寺には薬師金堂と弥勒(みろく)金堂という二つの金堂があり、その周囲を回廊がめぐっていたことが記録...

続きを読む
(73)姿を現した西の大寺(上)

(73)姿を現した西の大寺(上)

八角塔 謎めいた説話  小学校の教科書にも出てくる東大寺に比べると、西大寺は少し影が薄いかもしれません。とはいえこの西大寺、奈良時代後半に称徳天皇によって造営された当時は、東大寺に並ぶ平城京の西の大寺でした。  その壮大な奈良時代の伽藍(がらん)は、度重なる火災や災害によって次第に失われ、現在の...

続きを読む
木簡の文字の向こう側―「采女」の合字―

木簡の文字の向こう側―「采女」の合字―

2014年12月  私が所属する史料研究室の主な仕事に、木簡の解読があります。今とほとんど同じ漢字を使っているとはいえ、およそ1300年前の人びとが書いた文字を読み解くのは、なかなか一筋縄ではいきません。私が出会った中で印象に残っている木簡を1点、ご紹介したいと思います。  その木簡は、平城...

続きを読む
(72)移築された第一次大極殿

(72)移築された第一次大極殿

歴史の変遷 200年見守り  平城京遷都1300年にあたる2010年に復元された平城宮第一次大極殿。その歴史が今回のテーマです。第一次大極殿が実際に平城宮にあったのは、平城京遷都(710年)直後から、恭仁京(くにきょう)遷都(740年)までのわずか30年間ほどのことでした。  恭仁京遷都にともな...

続きを読む
(71)胞衣壺

(71)胞衣壺

子の出世願い胎盤収納  胞衣(えな)とは、はじめて聞く言葉かもしれませんが、お母さんの胎内で赤ちゃんに栄養を補給する胎盤のことです。出産のとき、赤ちゃんより遅れて出てきます。昔の日本では、胎盤を子供の分身と考え、大切に扱う風習がありました。  壺(つぼ)や杯などの土器の中に胎盤をおさめ、蓋をして...

続きを読む
埋蔵文化財ニュースNo.96~98

埋蔵文化財ニュースNo.96~98

埋蔵文化財ニュースNo.96~98 (CAO NEWS Centre for Archaeological Operations)を電子公開しました。本文をPDFで閲覧いただけます。 https://www.nabunken.go.jp/publication/maibunnews.html ...

続きを読む
平城宮跡資料館秋期特別展「地下の正倉院展-木簡を科学する-」パンフレット

平城宮跡資料館秋期特別展「地下の正倉院展-木簡を科学する-」パンフレット

平城宮跡資料館秋期特別展「地下の正倉院展-木簡を科学する-」パンフレット を学術情報リポジトリで公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 http://repository.nabunken.go.jp/dspace/handle/11177/2473 ・ごあいさつ ・木簡と探査 ・木簡×科...

続きを読む
埋蔵文化財ニュースNo.81, 82, 84, 85, 89, 90

埋蔵文化財ニュースNo.81, 82, 84, 85, 89, 90

埋蔵文化財ニュースNo.81, 82, 84, 85, 89, 90 (CAO NEWS Centre for Archaeological Operations)を電子公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 https://www.nabunken.go.jp/publicatio...

続きを読む
埋蔵文化財ニュースNo.64, 66, 67, 69, 72~79

埋蔵文化財ニュースNo.64, 66, 67, 69, 72~79

埋蔵文化財ニュースNo.64, 66, 67, 69, 72~79 (CAO NEWS Centre for Archaeological Operations)を電子公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 https://www.nabunken.go.jp/publication...

続きを読む
(70)奈良時代の遊びとスポーツ

(70)奈良時代の遊びとスポーツ

熱中しすぎはいけません  今年はサッカーの祭典、FIFAワールドカップで盛り上がりましたね。古代にもサッカーに似た蹴鞠(けまり)という競技がありました。神事として奉納される様子をご覧になった方もいらっしゃることでしょう。革製の鞠を地面に落とさないように蹴りあう競技で、蹴り続けた回数を競います。大化...

続きを読む
(69)平城京と唐長安城

(69)平城京と唐長安城

2分の1規模 絶妙バランス  東アジアに君臨した大帝国、唐の先進文化は、周辺諸国に大きな影響を与えました。8世紀に入ると、日本も長らく中断していた遣唐使を再開し、唐の文化の積極的な吸収に努めました。  そのよい例が都づくりで、平城京は唐の都、長安城がモデルといわれています。両者の構造はとても良く...

続きを読む
奈良文化財研究所 概要2013

奈良文化財研究所 概要2013

「奈良文化財研究所 概要2013」を電子公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 https://www.nabunken.go.jp/publication/gaiyo.html 目次 1.表紙、目次、奥付など 2.研究所の役割と組織 3.研究所の施設 4.トピックス 5.2012年...

続きを読む
奈良文化財研究所 概要2012

奈良文化財研究所 概要2012

「奈良文化財研究所 概要2012」を電子公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 https://www.nabunken.go.jp/publication/gaiyo.html 目次 1.表紙、目次、奥付など 2.研究所の役割と組織 3.研究所の施設 4.トピックス 5.2011年...

続きを読む
(68)隼人の盾

(68)隼人の盾

九州に息づく伝統文様?  皆さんは奈良文化財研究所のシンボルマークをご存じですか? 大極殿や飛鳥美人? はたまた鹿のマーク?  答えは、赤白黒の3色で描かれた逆S字の下にギザギザ文様のあるマークです。これは平城宮跡出土の「隼人の盾」の文様をデザイン化したものです。出土品の文様と平安時代の史料に書...

続きを読む
(67)平城薬師寺と本薬師寺

(67)平城薬師寺と本薬師寺

結論 新たな謎呼ぶ  皆さんは奈良に薬師寺が二つあったことをご存じですか? 観光客で賑(にぎ)わう西ノ京の薬師寺は、710年の平城京遷都後に建立されたものです。実は、これに先立つ藤原京の時代にも、同じ名前のお寺が橿原市に建てられていました。この二つの薬師寺を、平城薬師寺と本薬師寺と呼んで区別してい...

続きを読む
平城宮跡資料館秋期特別展「地下の正倉院展-木簡を科学する-」第3期解説シート

平城宮跡資料館秋期特別展「地下の正倉院展-木簡を科学する-」第3期解説シート

平城宮跡資料館秋期特別展「地下の正倉院展-木簡を科学する-」第3期解説シート を学術情報リポジトリで公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 https://repository.nabunken.go.jp/dspace/handle/11177/2434 木簡と探査 7東方官衙大土...

続きを読む
文化財の展示

文化財の展示

2014年11月  あなたは博物館・美術館で展示を見ることは好きですか?  私は、奈良文化財研究所の展示施設である飛鳥資料館で働いています。資料館の仕事は年数回行われる特別展・企画展の準備のほか、常設展示の管理、収蔵資料の整理、収蔵庫などの維持・整備、来館者の案内、文化財の調査・研究など、実に多...

続きを読む
藤原宮大極殿院の調査(飛鳥藤原第182次)現地説明会資料

藤原宮大極殿院の調査(飛鳥藤原第182次)現地説明会資料

藤原宮大極殿院の調査(飛鳥藤原第182次)現地説明会資料 を電子公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/14924 1 .はじめに 2. 調査成果  1)藤原宮期の遺構  2)藤原宮造営期の遺構  3)藤原宮...

続きを読む
(66)奈良時代の「カギ」

(66)奈良時代の「カギ」

海老錠と鑰 都で活躍  家の玄関に鍵をかけていますか。自分の部屋や机の引き出しにも、鍵をかけている人もいるでしょう。  鍵の歴史は古く、奈良時代には、海老錠(えびじょう)と鑰(やく)と呼ばれる2種類の「カギ」がありました。  海老錠は、海老のように曲がった錠前で、左右に開く扉の把手(とって)な...

続きを読む

月別 アーカイブ