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(74)姿を現した西の大寺(下)

二つの金堂 回廊ぐるり

 西大寺の境内を散策すると、本堂の目の前に東塔の基壇があります。それでは創建時の金堂はどこにあったのでしょうか。奈良時代の財産目録である『西大寺資財流記(るき)帳』をみると、西大寺には薬師金堂と弥勒(みろく)金堂という二つの金堂があり、その周囲を回廊がめぐっていたことが記録されています。しかし、その実態については、つい最近発掘されるまで、まったくわかっていませんでした。

 発掘で最初に見つかったのは薬師金堂です。現在の西大寺の北約100メートルに位置する浄土院境内で、2006年に薬師金堂跡とみられる版築基壇や、巨大な凝灰岩の切石を埋設した礎石痕跡がみつかりました。その規模は、『資財帳』の薬師金堂の記載と一致します。

 そして昨年、薬師金堂の西方と東北方で、南北に整然と並ぶ礎石の痕跡や雨落溝が発掘されました。二つの調査区は約100メートル離れているにもかかわらず、礎石や雨落溝の位置は、薬師金堂を中心に東西対称の位置にあります。どちらも薬師金堂をぐるりと囲む回廊の一部とみてまず間違いないでしょう。

 のこるは弥勒金堂の遺構です。果たしてその姿が再び地上に現れるのはいつのことでしょうか。

 

(74)姿を現した西の大寺=下 (読売作製).jpg

(奈良文化財研究所研究員 諫早直人)

(読売新聞2014年10月5日掲載)