奈良文化財研究所に関するさまざまな情報を発信します。

2015年1月アーカイブ

オカシル連続講座2014(第4回)のご報告

景観研究室では、京都市文化財保護課と共に、 平成22年から京都市岡崎地区を対象に文化的景観としての調査をおこなってきました。 そしてこの調査を受けて、 重要文化的景観の京都市域第1号として 「京都岡崎の文化的景観」の申請に向けた取組を進めています。   今年はその一環として、...
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2015年1月  「たこ焼き型鋳型」と呼ばれることもある特殊な土製品をご存知でしょうか。まさに現代のたこ焼き器のように片面にたくさんの穴のあいた板状の土製品で、古墳時代から奈良時代の遺跡から発見されています。この土製品、実はガラス小玉を作るための鋳型として使用されていました。鋳型といっても、と...
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(81)古代の薬

 古代の人々にとって、薬は非常に高価で、現代ほどに生活に身近なものではありませんでした。古代の都を発掘調査すると、天皇や貴族のすまいの近くや、役所付近でしか、薬を用いた様子を確認できません。平城宮には内薬司(ないやくし)や典薬寮(てんやくりょう)という薬を扱う役所があり、医師や薬剤師のような専門...
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(80)南島の木簡

  鉄砲伝来の地として有名な種子島。この島には古来、海の向こうから様々な文物がいち早く到来しました。一方それは、島が地理的に日本のはずれに位置することも意味します。奈良県に暮らす私たちにとって、訪れる機会はあまり多くないかもしれません。   でも、奈良時代、平城京と種子島の間には、人や物の行き...
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(79)みんなに知らせる告知札

 人通りの多い場所で、人捜し、ペット捜しのポスターやチラシを目にしたことがありませんか?  私たちはこのようにして目撃情報を集めますが、古代はどうだったのでしょうか。  実は、古代の人も同じようなことをしていました。皆に告げ知らせるという意味の「告知」と書いた告知札が使われていたのです。今ま...
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藤原京の京域

2015年1月  奈文研が継続的に調査をおこなっている藤原京は、日本初の本格的な中国式都城です。  藤原京の中心となる藤原宮は約1㎞四方の広さで、その宮の周囲には条坊道路が碁盤目状に通っていました。  では藤原京は一体どのくらいの大きさだったのでしょうか?  実は、藤原京の大きさはまだわ...
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「奈文研ニュースNo.55」

「奈文研ニュースNo.55」(NABUNKEN NEWS No.55)を学術情報リポジトリで公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 http://www.nabunken.go.jp/publication/nabunkennews.html   目次 「平城第...
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(78)土器の生産地と平城京

 平城京で日常的に使用された土器には、素焼きで赤っぽい色の土師器(はじき)と、窯で焼かれた灰色の須恵器があります。このうち須恵器は、大阪府や奈良県の窯で焼かれたもののほかに、遠く愛知県や岐阜県でつくられ、都に運ばれてきたものもありました。  一方、土師器は、その多くが平城京の近郊でつくられたと...
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