奈良文化財研究所に関するさまざまな情報を発信します。

2014年12月アーカイブ

(77)奈良三彩と唐三彩

 アメリカ版のドラえもんは、ピザが好物なんだとか。他の文化を取り込む時に、自国の文化に合うようにアレンジすることは、古代からよく見られることです。  中国では、紀元前にはすでに土器の表面に、釉薬(ゆうやく)を塗る技術がありました。これが日本に伝わるのは、飛鳥時代。朝鮮半島の渡来人から技術を学び...
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 国宝高松塚古墳壁画修理作業室の公開 二次募集いたします。  国宝高松塚古墳壁画仮設修理施設において、壁画・石材の修理作業を行っている「修理作業室」を公開します。制約された条件の下での公開となりますが、修理期間中の壁画・石材の状況を公開することにより、国民の皆様の壁画保存対策事業への理解を深め...
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(76)最大最小の木簡

 奈良時代の役人たちが仕事で字を書くために使った木簡。書かれている内容に目が行きがちですが、今回は木簡の大きさに注目してみましょう。  木簡には用途に応じて色々なサイズがありました。おおざっぱにいうと、片手で持って字を書きやすい長さのものが多いと言えるでしょう。  では、平城京で出土した木簡...
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(75)フォトマップって何

 漢字で書けば写真地図。カタカナよりわかりやすいでしょうか。最近では、写真と撮影位置情報を連動させ、インターネットの地図上で表示したものもフォトマップと呼ぶようです。  しかし、奈文研が取り組むフォトマップは少し違います。極彩色壁画で有名な高松塚古墳とキトラ古墳では、石室内部をデジタルカメラで...
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埋蔵文化財ニュースNo.13,145,146,149,153,154,156,157(CAO NEWS Centre for Archaeological Operations)を学術情報リポジトリで公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 http://www.nabunken.go...
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藤原宮内先行条坊の謎

2014年12月  ふしぎなことに、藤原宮の下層では藤原京に敷設されたものと同じ規格の条坊道路が通されています。藤原宮に先行する条坊という意味で「(宮内)先行条坊」とよんでいます。 分かりやすい例で見てみましょう。藤原宮大極殿です。下の写真は、大極殿の北側でおこなった発掘調査の様子で、大極殿...
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「藤原宮東方官衙の発掘調査(飛鳥藤原第183次調査)」現地見学会資料  を学術情報リポジトリで公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 http://repository.nabunken.go.jp/dspace/handle/11177/3420   &nb...
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埋蔵文化財ニュースNo.117,121,125,129,133,137,140,141(CAO NEWS Centre for Archaeological Operations)を学術情報リポジトリで公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 http://www.nabunken.g...
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埋蔵文化財ニュースNo.101~103,107,112,114

埋蔵文化財ニュースNo.101~103,107,112,114(CAO NEWS Centre for Archaeological Operations)を学術情報リポジトリで公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 http://www.nabunken.go.jp/publica...
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晩秋の庭

飛鳥資料館では、秋の特別展も終了し、冬の企画展 「飛鳥の考古学2014―縄文・弥生・古墳から飛鳥へ―」の準備に邁進しております。 資料館の庭では、名残の黄葉が冬の訪れを告げています。 人影もまばらなこの時期、空気も凛と張り詰めています。 朝靄に煙る山々を背景に、皇帝ダリアが美しく...
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(74)姿を現した西の大寺(下)

 西大寺の境内を散策すると、本堂の目の前に東塔の基壇があります。それでは創建時の金堂はどこにあったのでしょうか。奈良時代の財産目録である『西大寺資財流記(るき)帳』をみると、西大寺には薬師金堂と弥勒(みろく)金堂という二つの金堂があり、その周囲を回廊がめぐっていたことが記録されています。しかし、...
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(73)姿を現した西の大寺(上)

 小学校の教科書にも出てくる東大寺に比べると、西大寺は少し影が薄いかもしれません。とはいえこの西大寺、奈良時代後半に称徳天皇によって造営された当時は、東大寺に並ぶ平城京の西の大寺でした。  その壮大な奈良時代の伽藍(がらん)は、度重なる火災や災害によって次第に失われ、現在の主要な建物は、江戸時...
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木簡の文字の向こう側―「采女」の合字―

2014年12月  私が所属する史料研究室の主な仕事に、木簡の解読があります。今とほとんど同じ漢字を使っているとはいえ、およそ1300年前の人びとが書いた文字を読み解くのは、なかなか一筋縄ではいきません。私が出会った中で印象に残っている木簡を1点、ご紹介したいと思います。  その木簡は、平城...
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(72)移築された第一次大極殿

 平城京遷都1300年にあたる2010年に復元された平城宮第一次大極殿。その歴史が今回のテーマです。第一次大極殿が実際に平城宮にあったのは、平城京遷都(710年)直後から、恭仁京(くにきょう)遷都(740年)までのわずか30年間ほどのことでした。  恭仁京遷都にともなって、平城宮の大極殿が移築...
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(71)胞衣壺

 胞衣(えな)とは、はじめて聞く言葉かもしれませんが、お母さんの胎内で赤ちゃんに栄養を補給する胎盤のことです。出産のとき、赤ちゃんより遅れて出てきます。昔の日本では、胎盤を子供の分身と考え、大切に扱う風習がありました。  壺(つぼ)や杯などの土器の中に胎盤をおさめ、蓋をして地中に埋めた胞衣壺が...
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埋蔵文化財ニュースNo.96~98

埋蔵文化財ニュースNo.96~98 (CAO NEWS Centre for Archaeological Operations)を学術情報リポジトリで公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 http://www.nabunken.go.jp/publication/maibunne...
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平城宮跡資料館秋期特別展「地下の正倉院展-木簡を科学する-」パンフレット を学術情報リポジトリで公開しました。 本文をPDFで閲覧いただけます。 http://repository.nabunken.go.jp/dspace/handle/11177/2473   ごあいさ...
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