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(72)移築された第一次大極殿

歴史の変遷 200年見守り

 平城京遷都1300年にあたる2010年に復元された平城宮第一次大極殿。その歴史が今回のテーマです。第一次大極殿が実際に平城宮にあったのは、平城京遷都(710年)直後から、恭仁京(くにきょう)遷都(740年)までのわずか30年間ほどのことでした。

 恭仁京遷都にともなって、平城宮の大極殿が移築され、工事に4年ほどかかって743年に完成したと『続日本紀』に書かれています。ところが都は、745年に再び平城京に戻ることになり、せっかく移築された大極殿は、恭仁宮に取り残されることになりました。そして746年に山背(やましろ)国分寺に施入され、国分寺の中心建物である金堂へと変身したのです。やがてその金堂も882年に焼失してしまいました。

 1970年から実施された平城宮の第一次大極殿の発掘調査では、大極殿の規模や平面プランが山背国分寺金堂と一致することが明らかになり、大極殿の移築記録の正しさが証明されました。なお、第一次大極殿は、藤原宮(694~710年)の大極殿が平城宮へ移築されたものである可能性も指摘されています。もしそうであるならば、第一次大極殿は、都の移転とともに場所や名前を変えて、200年近い間、歴史の移り変わりを見守り続けたことになります。

 

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(奈良文化財研究所アソシエイトフェロー 中島咲紀) ◇イラスト・岡本友紀

(読売新聞2014年9月21日掲載)

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