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風呂は風呂でも石の風呂

2023年10月

 「サウナでととのう」という言葉を耳にしたことはありませんか?「ととのう」とは、2000年代以降のサウナブームとともに使われ始めた言葉で、銭湯などでサウナ(熱気浴や蒸気浴)と水風呂を交互に利用する「温冷交代浴」をおこなうことで得られる爽快感や恍惚感といった感覚を示す造語です。

 さて、サウナブームよりもはるか以前から、日本にはサウナに入浴する文化があります。以前にコラム作寶樓で紹介した奈良時代の寺院の「浴室」や、有馬温泉にかつて存在した豊臣秀吉の別荘「湯山御殿」に設けられた蒸し風呂もそのひとつです。

 お風呂のトリプル「七」

 https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2019/02/20190201.html

 「ゆ」を掘る

 https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2015/10/20151015.html

 これらの他にもサウナに該当するものでは、京都八瀬の窯風呂や瀬戸内海沿いの石風呂などがあります。今回はこのうち瀬戸内地域の石風呂についてお話しします。

 『日本国語大辞典』によると、石風呂(いしぶろ)とは「蒸し風呂の一種で、岩穴をくり抜き、あるいは石で造った密室に蒸気をこもらせて、蒸気浴をするもの」とあります。石風呂は山陽地方や四国地方の瀬戸内海沿いで特に発達し、山陽地方では重源上人が広めたもの、また四国地方では空海上人が開いたものと伝わっており、起源を朝鮮半島や中国大陸に求めることもできます。実際に、朝鮮半島には「汗蒸幕」(ハンジユンマク)という石風呂と酷似した熱気浴施設があります。

 それでは石風呂とはどのような構造の入浴施設なのでしょうか。今回は石を積んで築造する石風呂を例に説明します。石風呂そのものは土饅頭のような外観です【写真1】。熱気や蒸気を逃がさないように入り口を小さく造ります。平面は直径4~5mの円形もしくは方形で、切石をドーム状に高さ2m程度積み上げて築きます。石積みの壁は厚さ50cmほどもあり、すき間や外壁を粘土で塗り籠めて気密性や保温性を高めています。内部の床は石敷や土間床を基本とし、内部の壁面は石積みをそのまま露出するものや、粘土や漆喰などで塗り籠めるものもあります。また風雨から守るために、石風呂は納屋のような木造の建物で覆われており、なかには、畳敷の部屋や休憩スペースを併設した、一見すると、民家のような外観をもつものもあります【写真2】。

 石風呂に入浴する準備として、まず山林から松葉やシダ、雑木などの生木を石風呂内に運び込み、複数回焚き上げておきます。次に灰や燃えさしを取り除いた後、水や海水で湿らせたワラやゴザ、ムシロなどを敷き、そこに座ったり寝そべったりして入浴します。セキショウ(石菖)などの薬草を敷き詰める場合や、海沿いでは海藻類を敷く場合もあります。つまり石風呂はミネラルを含んだ水分や薬用成分を熱して内部に充満させる蒸気浴です。入浴後は外気に触れて休息し、水風呂や近くを流れる小川、海に直接入るなどして、汗や汚れを落とします。

 こうした石風呂は、瀬戸内地域に数多く存在したといわれていますが、利用者の減少や担い手不足で維持管理ができなくなり、失われてしまったものも多数あります。そうしたなか、石風呂をテーマとして観光や地域の活性化に取り組んでいるところもあります。山口市に所在する「岸見の石風呂」は、国の重要民俗文化財に指定されています。地域住民が主体となって石風呂の保存会を結成し、定期的に石風呂体験会を開催するなど、積極的な活用に取り組んでいます。私も入浴体験しましたが、石風呂は銭湯などのサウナとは一味違った、身体の芯まで届くような熱さと温もりを感じた一方で、石風呂でも「ととのう」感覚を味わうことができました。

 みなさんも体験会などを通じて、実際に石風呂で入浴し、サウナの歴史や文化財としての石風呂を体験するとともに、時代を越えてもなお不変的な「ととのう」をぜひ体感してみてください。

写真1 岸見の石風呂(2019年筆者撮影)

写真2 岸見の石風呂を覆う茅葺の建物(2019年筆者撮影)

(都城発掘調査部主任研究員 福嶋 啓人)

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