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巡訪研究室(14)都城発掘調査部(藤原地区)考古第一研究室

 古代の宮殿や寺院の発掘では土器や瓦が大量に出土しますが、条件に恵まれれば木製品や種実などの有機質遺物、武器や工具、釘などの金属製品、玉や砥石などの石製品も出土します。我々、考古第一研究室は、それら土器・瓦以外の出土資料を調査研究しています。木製品や有機質遺物の研究については、以前の巡訪研究室で詳しく紹介しましたので(巡訪研究室「都城発掘調査部(平城地区)考古第一研究室」の紹介)、今回は、考古第一研究室(飛鳥・藤原地区)で最近取り組んでいる金属製品や石製品の研究の様子を紹介しましょう。

飛鳥寺出土の風鐸
 一昨年度、飛鳥寺旧境内地の調査で大量の瓦片に混じって緑色に錆びた金属製品が出土しました。普段は目にしない形状のもので、研究室に運ばれてきた時には何であるのか見当がつきませんでした。土器や瓦は水で洗浄しますが、金属製品は錆びを進行させないようアルコールで洗浄します。丁寧に土を落とすと、吊り下げるための鈕がついた鐘形の青銅製品で、表面には薄く金が塗られていることがわかりました(写真1)。身の大部分は失われていましたが、内部にも別の吊手が取り付いており、宮殿や寺院の屋根の隅木に吊り下げられる風鐸の破片と特定できました。内部の吊手は「舌」とよばれる金具を吊るためのもので、さらに舌の下には「風招」とよばれる扇形の銅板を吊り下げます。風招が風を受けて舌を揺らすことで音が発生する仕掛けになっています(写真6)。風鐸は仏塔では軒先だけでなく、屋上を飾る相輪にも吊るされます。飛鳥寺旧境内から出土した風鐸は、小型で文様もみられないことから、塔の相輪を飾ったものと考えられます。
 
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写真1 飛鳥寺出土の風鐸

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写真2 飛鳥寺出土風鐸のⅩ線写真

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写真3 風鐸のX線写真の撮影

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写真4 蛍光X線分析装置に風鐸を入れる

風鐸の科学分析
 飛鳥寺出土の風鐸は土中で過酷な環境にあったためか、出土した当初からが劣化が著しく、早急に保存処理をおこなう必要がありました。ただし、保存処理をおこなう前には、図面作成や写真撮影などをおこなって現状での記録をしっかりと残しておくことが不可欠です。また適切な処理を行うためには、その製品がどのような材質と技法で製作されているのかについて、科学的に詳しく調べておく必要があります。結果的にその成果は、原料の産出地や製品の製作地に関する有益な情報をもたらすことがあります。飛鳥藤原地区の考古第一研究室には保存科学の研究者も常駐しており、常日頃から連携しながら調査研究を進めています。今回の調査では、鋳造方法や構造等を把握するためのX線透過撮影(写真2・3)、原料が何かを知るための蛍光X線分析(写真4)、原料の産地を知るための鉛同位体比分析をおこないました。
 調査では比較のために、過去に大官大寺の塔跡から出土した風鐸もあわせて検討することにしました。大官大寺は文武天皇が建立した藤原京第一の官寺であり、遷都に際して平城京に移り大安寺となることが知られています。大官大寺の風鐸は小さな破片となって出土したため、これまで全体の大きさや形状は確定していませんでした。今回、あらためて検討した結果、移転先である大安寺の西塔から出土した巨大な風鐸に大きさや形状が酷似することがわかりました(写真5)。ちなみに、現在、平城宮の第一次大極殿(復元建物)に使用されている風鐸は、大安寺西塔例を参考に製作されたものです。第一次大極殿の見学の折には是非、屋根の四隅にもご注目いただき、大官大寺に吊り下げられた風鐸がいかに壮麗なものであったのかを実感していただければと思います(写真6)。
 科学分析の結果、飛鳥寺と大官大寺の風鐸はそれぞれ異なる産地の原料を使用していたことが判明しました。その背景については、年代差だけでなく工房の違いが反映されている可能性もあり、今後、さらなる類例調査が必要です。
 
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写真5 大安寺西塔例の復元図をもと発泡スチロールで風鐸の全形を再現し、大官大寺出土の風鐸の破片を置いて大きさや形状を検討。この作業により断片的であった各破片の部位を特定することができました。

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写真6 平城宮第一次大極殿(復元建物)に吊り下げられた風鐸

石神遺跡出土金属製品・石製品の調査研究
 また、都城発掘調査部(飛鳥・藤原地区)では、現在、明日香村石神遺跡の発掘調査成果の整理・検討を進めています。この遺跡からは一般的な遺跡では考えられないほどの大量の鉄製品(鉄鏃や刀の装飾品などの武器、鎌や斧などの農工具)が出土しています。鉄製品は、通常は役目を終えた後も地金として回収・再利用されるため、飛鳥宮や藤原宮のような国家の中枢施設でもめったに出土することはありません。大量の鉄製品の出土は、石神遺跡の性格を考える上で重要なヒントになりそうです。
 遺跡から出土する鉄製品は分厚い錆で覆われており、外見からは本来の製品の形状を知ることは困難です。そのため外形だけではなく、X線写真も活用して製品本来の形状を読み取りながら実測図を作成していきます(写真8)。
 
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写真7 石神遺跡から出土した大量の鉄製品と砥石の用途をめぐって議論

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写真8 鉄鏃の実測(X線画像を参照しながら正確な形状を写し取ります)

 石神遺跡からは、鉄製品を研ぐのに使用したとみられる砥石も大量に出土しています。砥石は、地面に置いて使用する大型のものと、手にもって使用する小型のものがあります。大型の砥石は目の粗い砂岩製、小型の砥石にはきめの細かい流紋岩製のものが多くみられます。現在のサンドペーパーが工程に応じて目の粗さを使い分けるのと同様に、大型の砥石は形状を整えるための初期の加工に、小型の砥石は仕上げやメンテナンスに使用されたよ うです(写真9・10)
 
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写真9 大型砥石の使用方法の検討

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写真10 小型砥石の使用方法の検討

 石神遺跡の鉄製品や砥石の出土をめぐっては、工房や武器庫の存在を推測する意見があります。今後、さらに研究を進めて石神遺跡の性格を明らかにしたいと考えています。

研究・保存と活用のバランス
 金属製品は出土後、急速に劣化が進むものもあり、状態が悪いものについては劣化の原因となる物質の除去や、表面の強化処理などをおこないます。冒頭で紹介した飛鳥寺の風鐸も現在、保存処理をおこなっているところです(写真11)。整理や処理が終わった金属製品は、温湿度調整された収蔵庫内に置かれます。また、劣化を促進する酸素や湿気を取り除く薬剤を入れて密閉状態で保管する場合もあります(写真12)。
 
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写真11 風鐸に樹脂を含侵させる

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写真12 鉄製品に薬剤を添えて密閉する


 このように脆弱な遺物については、これを将来に残し伝えていくべく入念に保存管理しています。そのため、展示室等での公開・活用に一定の制約が生じる場合もあり、常時公開が困難な資料については、レプリカの作成もおこなっています。形状や見た目の質感を感じてもらえるように実物の状態を忠実に再現しています(写真13)。また今後は、三次元計測で立体モデルを作成し、パソコン上で自由に閲覧していただく方法なども併用していきたいと考えています(写真14)。
 
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写真13 藤原宮大極殿院南門出土の富本銭
 左が実物、右がレプリカ。レプリカは樹脂製で軽いので手に持つと違いがわかるが、見た目では区別がつかない。

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写真14 飛鳥寺出土風鐸を三次元モデルでみる
 アングルを変えて見ることで、長年の吊り下げで磨り減った鈕の細部の形状なども確認できる。


 飛鳥・藤原地域の発掘調査はまだまだ謎に満ちた部分が多く、発掘現場だけでなく、ここで紹介したような研究室内の作業でも、鳥肌が立つような想定外の発見に遭遇することがあります。保存と活用とのバランスにも配慮しながら、私たちが体感した感動を皆様にもわかりやすくお伝えできるよう努めていきたいと考えています。


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