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巡訪研究室(11)文化遺産部 景観研究室

はじめに
 景観研究室では文化的景観の調査研究をおこなっています。文化的景観はその地域の歴史と風土に根ざした生活や生業の景観であり、地域の文化を総合的に捉える文化財です。代表的な例には、棚田や水郷などで知られる農山漁村の景観などがあります。
 現在の日本社会では、少子高齢化・人口減少による地域社会の衰退がますます問題となっていますので、地域の文化を保存・活用することが地域の振興・活性化に役立つものと期待されています。その理由のひとつは、地域の伝統的な生活文化が人間的で豊かに感じられ、生業の場は懐かしい原風景として見られ、さらに住民自身がその価値に気づき、地域への誇りと自信を回復することがあるからです。
 当研究室がおこなっている調査研究のうち、今回はとくに研究集会と現地調査についてご紹介します。

研究集会
 当研究室は文化的景観に関する研究集会をほぼ毎年開催しており、地方公共団体の文化財担当職員や大学の研究者などと、研究・事例報告や、ディスカッションをおこなっています。文化的景観は、当研究所の専門である考古学・建築学・歴史学・造園学の他にも、都市工学・土木工学・地理学・生態学・民俗学など多くの分野にまたがるため、研究集会で幅広く横断して議論し、情報を共有することにはとても意義があります。また、文化的景観の保護行政においては、文化財部局は都市・農政・観光などの部局と連携する必要があるため、それらの施策についても実践例を通して学んでいます。
 平成30年の第10回研究集会では、「風景の足跡―考古学からの文化的景観再考―」をテーマとして、報告では京都市の窯跡に関する調査研究をはじめ、各地の重要文化的景観における調査・保護の取り組みについて発表いただきました(写真1)。

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写真1 第10回文化的景観研究集会

個々の地域の調査
 近年は、鳥取県智頭町の林業景観の整備計画策定に向けた調査(写真2)や、京都府京都市中川地区の北山杉の林業と暮らしに関する調査(写真3)などをおこないました。土地利用や民家・集落・林業施設などの現地調査、生業に関する住民へのヒアリングなどをおこない、生活・生業の歴史や景観の構造・要素などの特徴をまとめました。どの文化的景観でもその成り立ちを読み解くと、そこには日本人がどのように自然と共存し社会と関わって暮らしてきたかが表されていることがわかります。
 これまで当研究室では、京都市岡崎、新潟県佐渡市、岐阜県岐阜市(写真4)、京都府宇治市、高知県内の四万十川流域の1市4町の文化的景観についても調査をおこないました。

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写真2 智頭の林業景観(智頭町)の調査(江戸時代から続く町割・水路)

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写真3 京都中川の北山林業景観(京都市)

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写真4 長良川流域の文化的景観(岐阜市) 全覧図

おわりに
 昨今の日本社会の急激な変化に応じて文化的景観の保護制度が創設されたのは、比較的最近のことです。しかし、地域文化や景観の保護は、それ以前から国内外の幅広い分野で考えられ取り組まれてきたことでもあります。わたしたちはそのような蓄積を踏まえ、現実の社会状況をよく理解し、地方公共団体の文化財担当職員など各地で実践に取り組むひとたちと力を合わせ、変化する時代に合致する効果的な保護の方法を追究していきたいと考えます。
 当研究所ウェブサイトの景観研究室のページには日本全国の重要文化的景観の概要や研究室の研究成果など、文化的景観に関する各種の情報を掲載しています。ぜひご活用ください。

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