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エノコログサとアワ

2019年9月

 エノコログサ(Setaria viridis)。平城宮跡でもよくみられる、ふさふさの穂が特徴的な野草"ねこじゃらし"のこと。ちなみに、中国語で狗尾草(イヌの尾の草)、英語ではgreen foxtail (緑色のキツネの尾の草)、奈良時代の平城宮東方官衙地区でも生えていました。

 このエノコログサ、実は、中国の華北地方での代表的な雑穀であるアワの原種です。奈文研ブログ「旧石器人は"粉もん"を食べたか?」(2017年5月1日)で触れましたが、約1万年前の河南省霊井(リンチン)遺跡から出土した磨盤磨棒を上條信彦先生(弘前大)に依頼して分析したところ、ガマ属、ジュズダマもしくはナラ類、マメ科、キカラスウリなどのデンプン粒に交じって、エノコログサもしくはヒエ属のデンプン粒が見つかりました(上條2019「礫石器の使用痕観察と残存デンプン粒分析結果」『東アジア旧石器・新石器移行期の基礎的分析』)。磨盤磨棒でエノコログサを脱穀、利用していたのです。

 霊井では華北地方最古級の土器が出土しています。これを利用して、エノコログサを調理して食した(その場合は、現在も華北の朝食の定番、アワ粥のようなもの?)と短絡しそうですが、さにあらず。霊井の土器のおこげを分析した國木田大先生(東大)によれば、エノコログサやアワなどのC4植物を調理した証拠はなく、土器で煮炊きしたのは、主にドングリやマメなどのC3植物や陸上動物だったということです(國木田2019「中国北部における土器出現期の年代測定」前掲書)。すると、エノコログサの実を粉にして、クッキーやクレープのようにして食べたのでしょうか?

 ところで、霊井と同時期の北京市轉年(チュワンニエン)、東胡林(トンフーリン)、河北省南荘頭(ナンジュアントウ)、山東省扁扁洞(ビエンビエンドン)などでは、エノコログサのデンプン粒や種子とともに、形はそれらと似ているけれども、より大きなサイズのものが検出され、栽培種のアワ(Setaria italica)のものと鑑定されました。このため、約1万年前、華北地方ではアワ・ヒエなどの雑穀農耕が出現していたとする説が中国では有力です。農耕というと大層なものを考えがちです。しかし、それらの遺跡でも、エノコログサをはじめとするさまざまな野生植物を利用しています。また、鎌などの農具がないうえに旧石器時代以来の石器が存続しています。このため、農耕があってもかなり粗放的な半栽培のようなものだったと、私は考えています。上述の霊井での成果も私の考えを後押しするものといえそうです。

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エノコログサ(ねこじゃらし)

 

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アワ(河北省陽原県にて2019年7月)

(企画調整部長 加藤 真二

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