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骨の標本が教えてくれること

2016年4月 

 博物館の展示で、昔の人々が狩りをして動物を捕らえている様子が紹介されているのを見たことはありませんか。そこではシカやイノシシのように、狩りの対象となった動物の種類が具体的に説明されていると思います。

 遺跡からは、当時の人々が残した動物の骨が出土することがあります。これらを調べることで動物の種類を特定するのですが、実際にはどうやって特定するのでしょうか。

 その答えは、「標本と比較して特徴が一致するものを探し出している」です。つまり、遺跡から見つかった骨を調べるには、標本が不可欠なのです。今回は、そんな大切な役割を担っているけれど、普段は陰に隠れて見えにくい「標本」について紹介したいと思います。

 私の所属する研究室では、さまざまな動物の骨の標本を収集・保管しています。標本を集め、比較資料として使用するにあたり、重要なことが3つあります。

 まず1つめは、種類の豊富さです。先程、標本と比較すると言いましたが、裏を返せば標本がないと種類が分からないということです。そのため、できるだけ多くの動物の標本が必要になります。また、動物には生息域というものがあり、日本全国で見られるものもいれば、ある特定の地域にしか生息していないものもいます。最近では、岩手県や宮城県の遺跡から見つかった動物の骨を調べているのですが、研究室には北日本に生息している動物、とくに魚類や貝類の標本があまり多く所蔵されていないので、出張で東北に行くたびに魚や貝を食べたり魚屋で購入して標本の充実を図っています。

 2つめに重要なのが、同じ種類の動物を複数集めることです。動物にはそれぞれ個体差があるので、「種」としての特徴をしっかりと見定めるには1つの標本だけでは十分とは言えません。加えて、遺跡から見つかる動物の骨は、性別・年齢・大きさにも違いがあります。これらをすべて明らかにするのは難しいのですが、複数の個体と比較することで得られる情報があります。例えば、イノシシではオスの方が立派なキバを持っているので、キバの大きさを見ることでオスとメスの判断ができます。また、子供の頃には乳歯がありますが、大きくなるとだんだん永久歯に替わっていきますので、歯の生え方からおおよその年齢を推測することができます。このように性別や成長段階の異なる個体を集め、見比べることで、オスばかり捕らえていた、あるいは幼獣も捕らえていたなど、当時の狩りの方法を具体的に知ることができます。

 3つめに重要なのが、これらの標本をしっかり管理することです。研究室には哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、貝類などの標本がありますが、どれくらいあるのか数えてみたところ、4,500点以上ありました。これら1点1点に番号をつけて標本リストをつくり、引き出しにしまっているので、見たい標本がすぐに取り出せるようになっています。これほどの標本を個人で集め、管理・保管することはとても大変ですので、研究室では外部の人も標本を利用できるように埋蔵文化財ニュースで標本リストを公開しています。このリストにはネット上からもアクセスすることが可能です。

 このように、さまざまな標本を使用することで、これまでに20万点以上の骨を同定できました。あまり表舞台に出ない骨の標本ですが、歴史の解明にはなくてはならないとても大切なものなのです。標本様々というわけですね。

 ちなみに、奈良文化財研究所では昨年の12月に「3D Bone Atlas Database」(奈文研データベースはこちら)を公開しました。これは3Dスキャナーで骨を撮影し、データ化したものです。発掘現場や海外での調査など標本を持って行きにくい場所での使用を想定してつくられたものですが、PDFで見ることができ、さらに3Dデータなのでぐるぐると回転することもできます。誰でも利用可能ですので、ぜひ一度のぞいてみてください。

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埋蔵文化財ニュース「標本リスト」

(埋蔵文化財センターアソシエイトフェロー 松崎 哲也)

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