【写真1】元素マッピング調査の様子
火災で焼け壊れ、本来の色を失った古代の仏像彩色をあきらかにするため、川原寺裏山遺跡で多量に出土した塑像断片(明日香村教育委員会所蔵)の科学的な調査をおこないました。
塑像とは、木製の芯に粘土を盛りつけてつくった像のことで、日本では飛鳥時代から奈良時代を中心に仏像の造像技法の一つとして盛んに用いられました。今回調査した塑像もまた7世紀後半から8世紀初頭にかけての制作とみられ、遺跡に隣接する川原寺に安置されていたものと考えられています。しかし、これらの塑像は9世紀中頃の川原寺の火災で焼け壊れ、表面の彩色も火災の熱による色料(絵具)の変色・退色により、肉眼では本来の色が全くわからない状態となっています。
塑像を彩った古代の色彩を解明するため、奈良文化財研究所が所有している全資料型蛍光X線分析装置(Bruker社製 M6 JETSTREAM)を用いて元素マッピング調査をおこないました。この装置は、X線源となる管球や、X線の照射によって分析対象から発生する蛍光X線を検出するセンサー(検出器)、対象の可視光写真を取得するCCDカメラなどで構成されるヘッドが分析対象の上を走査することで、各元素の分布状況、いわゆる「元素マップ」を取得することができます。今回は、塑像の表面に残っている色料由来の元素の分布から、色料の重なりや塗り分けの様子が観察できることを期待して調査分析を試みました。ここでは、調査成果の一部をご紹介します。
【写真2】仏像の右腰にあたる断片(明日香村教育委員会所蔵)
今回対象としたのは、【写真2】の「裳(裙)」と呼ばれる腰布を身に着けた仏像の右腰にあたる断片で、宝相華という空想の植物を組み合わせた2種類の文様が交互に描かれています。色料は火災の熱で黒色や褐色に変色していますが、調査の結果、色料由来とみられるいくつかの元素の特徴的な分布が認められました。
【写真3】調査で取得した元素マップ(左から可視光写真、銅と鉛のマップ、鉄と金のマップ)
※各元素マップの色は便宜的に着色したもの
【写真3】は、今回の調査で取得した可視光写真と各元素の分布を示した元素マップです。このうちCu(緑色)で示された領域は銅を主成分とする青色や緑色の色料で彩色され、Pb(赤紫色)で示された領域は鉛を主成分とする橙色や白色の色料で彩色されていたと考えられます。また、鉄(Fe)と金(Au)の元素マップから、文様間の余白には鉄を主成分とする色料(赤色か)を塗り、文様部分や裳の縁には金箔を押していたことがわかりました。特に肉眼観察で確認できなかった金については、この調査ではじめて金箔の形状や使用範囲があきらかになり、当時の絵画技法や配色を解明するための重要な成果の一つとなりました。
今回の調査については『奈良文化財研究所紀要2025』(https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/143840)にも詳細を記載しています。今後も科学的な視点と絵画技法などの様々な視点からアプローチを続け、焼け壊れた塑像の断片に残された古代彩色の手がかりを探っていきたいと考えています。
(飛鳥資料館学芸室アソシエイトフェロー 濵村 美緒・埋蔵文化財センター保存修復科学研究室アソシエイトフェロー 大迫 美月)
