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唐子を連れる西王母について

2024年5月

 台湾・台北市にある松山慈恵堂をご存知でしょうか。その豪華絢爛な大殿では、荘重な雰囲気と威容を備える瑤池金母(西王母)の真正面の坐像を参拝することができます。筆者のように、西王母イメージの源泉が主にこのような神像、或いは長寿を祝う中国工芸品【図1】に由来する人は、はじめて日本絵画の代表的な流派の一つである狩野派の西王母図を見る時に多少の衝撃を受けるでしょう。そこには、時に西王母とともに男児(唐子)が描かれているからです。

 唐子を連れる西王母図の典型例としては、江戸時代初期の画壇領袖、幕府御用絵師の頂点に立つ狩野探幽(1602~1674)の《西王母図》【図2】が挙げられます。絵の状態と落款により、本作は、当時狩野派の最も隆盛な一流である木挽町狩野家で修業した狩野応信(1842~1907)が、探幽の寛文四年(1664)の作を写した幕末期の模本であることが判明しました。絵の中の西王母は、桃の実と桃の花が盛る盤を両手に持っている侍女と、西王母の裾を掴んでいる中国風の服装と髪型をしている男児(唐子)と共に描かれています。狩野派絵師による同じ構成の作品は他に、奥絵師(最も格式の高い幕府御用絵師)の家系の木挽町狩野家七代目・養川院惟信(1753~1808)の《西王母図》(1781~1808、個人蔵)と、同じく奥絵師の家系の鍛冶橋狩野家七代目・探信守道(1785~1835)の《西王母図》(19世紀前半、ボストン美術館蔵)が挙げられます。

 私見の限り、中国の西王母に関する伝説では、西王母は女仙の母として登場しますが、男児との関連性は見つけられず、中国絵画に男児と共に描かれた西王母の作品も存在しないと認識しています。そのため、唐子を連れる西王母という図像の組合せは、日本での改変ではないかと筆者は推測しています。このほか、同時代の西王母と唐子が一緒に登場する事例としては、人形を用いて西王母の伝説を上演させる山車があります。何か手掛かりとなるかもしれません。

 滋賀県大津市の大津祭には、西王母山(桃山)が登場します。西王母山は明暦二年(1656)に製作されてから何回か改造、新造がなされました。西王母と東方朔の人形とともに設置された大桃が二つに割れ、中から唐子が現れるからくりは、安永五年(1776)林孫之進四代目の作と思われます。また、愛知県犬山市の犬山祭にも、西王母車山が登場します。西王母の人形と綾渡りをする唐子のからくりは、安永五年(1776)に竹田藤吉によって製作されたと言われます。その他、享保九年(1724)前後には名古屋玉屋町でも西王母車の存在が知られるなど、18世紀には日本各地で少なくとも三つの唐子連れの西王母山車が祭礼に出ていたことが分かりました。西王母山車に唐子が登場する理由について、大津祭では、西王母が管理した三千年に一度に実る桃を唐子が盗みに現れるという説と、西王母故事と桃太郎説話が結合されたという説があり、犬山祭では謡曲「西王母」を表現しているという説があります。18世紀には、山車に西王母と唐子が表現されることがある程度普及していたのかもしれません。そこで、西王母が唐子と共に現れた姿は、江戸時代の人々の、西王母に対する普遍的な印象の一つと考えられます。

 絵画と山車という異なるメディアに表現された唐子連れの西王母の図像の間に、相互影響があったかどうかは未だに解明されていません。西王母の図像の様々な展開を追跡している間に、海を渡ったたり、県境を超えたたりした筆者は、今日も謎を解くためにどこかへ旅に出ます。

参考資料
大津祭総合調査団(編著). 1978. 『大津祭総合調査報告書 14(西王母山)』. 滋賀民俗学会.
犬山祭山車保存冊子委員会(編著). 1983. 『犬山祭―三百五十年の歴史をもつ』. 犬山祭山車保存会等.
臺灣宗教百景. "松山慈恵堂". 台湾内政部.
大津祭. "西王母山". NPO法人大津祭曳山連盟.

 

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【図1】《清 刺繍群仙賀寿図》の西王母と侍女(清時代17~18世紀、メトロポリタン美術館蔵)
出典:The Met Collection. "Panel with immortals, China, Qing dynasty (1644-1911)". The Metropolitan Museum of Art.

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【図2】狩野応信《探幽/西王母図》
(狩野探幽による寛文四年[1664]作の模本、慶応元年[1865]、東京国立博物館蔵)
出典:ColBase国立博物館所蔵品統合検索システム. "探幽/西王母図". 国立文化財機構.

(企画調整部アソシエイトフェロー 楊 雅琲)

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