なぶんけんブログ|奈良文化財研究所に関する様々な情報を発信します。

デジタル時代における文化財防災と情報活用

2024年2月

<様々な機関が迅速に情報を公開する時代>
 2024年1月1日夕方、能登半島地震が発生しました。国土地理院では1月2日に能登半島の空中写真を撮影し、3日には公開しました。4日には地震によって生じたとみられる斜面崩壊箇所及び土砂堆積箇所を公開、7日には空中写真判読による津波浸水域(推定)が公開されています。9日には森林総合研究所が能登半島を対象とした微地形表現図(CS立体図)を公開しました。他にも航測会社等から様々なデータが公開されています。多数の機関がデータを迅速に公開することで、データに基づいた把握や分析が可能となりました。

 文化財分野においては、文化財総覧WebGISに全国66万件の文化財データが登録されています。建造物や史跡など様々な文化財データが登録されており、地図から文化財を探すことが可能です。奈良文化財研究所文化財情報研究室では、自治体が公開している文化財オープンデータを順次登録しており、能登半島各市(七尾市・輪島市・珠洲市・志賀町・中能登町・能登町・穴水町)の文化財データは登録を終えています。

 ここに国土地理院が公開したデータと文化財情報を重ねることで、被害の推定などが可能になりました。例えば山城などの山中にある遺跡範囲と斜面崩壊箇所データを重ねることで、遺構への影響可能性を探ることができます。被災地では文化財関係者のリソースが逼迫しており、効率的な取り組みが求められます。また長期にわたって余震が続く可能性もあり安全を確保したうえでの活動が必要とされます。最終的には現地に赴く必要がありますが、リモートセンシングのように離れた場所から分析することは有効です。デジタルであれば、当該現地ではなく遠隔地からの作業分担も可能となります。リスト1は文化財総覧WebGISにて登録している災害関係のデータです。インターネットさえ接続できれば、無償で誰でも利用できる情報プラットフォームを提供することは国立の研究所としての役割ともいえます。

 

<市民みなが高度情報端末を持つ時代>
 現代は、高度情報社会と呼ばれて久しくなります。特に昨今はネットワークインフラの広域化・高速化が進み、大容量デジタルデータのやり取りも増加しています。端末となるスマートフォンは、高解像度画像の撮影・位置情報取得(GPS機能)・高速通信が可能です。多機能な情報端末と言えます。普及が進み、携帯電話所有者のうち、2010年のスマートフォン比率(日本国内で携帯電話の所有者のうちスマートフォン比率)は4%程度でしたが、2023年には96.3%になりました(1)。また日本のソーシャルメディア利用者数は、2022年は1億200万人であり、2027年には1億1300万人に増加すると予測されています(2)。ソーシャルメディアでは、即時的に情報収集・記録・情報発信が可能です。ケースによっては従来のメディアより早く現地の生の情報が発信され、多数の利用者と情報を共有できます。

 つまり多数の市民が高度な情報端末を保有し、即時の情報活用が可能な環境です。市民が自律的に情報活用する環境は、情報蓄積が重要な文化財分野にとっては追い風となるでしょう。今回の地震でも1月1日の発災直後から被災文化財の写真が数多くSNSにアップされました。普段、親しんでいる鳥居等が倒壊している様子など衝撃的な光景であるため、写真を撮影し、SNSにアップしたのでしょう。指定文化財は行政としても重点的にフォローしますが、被災直後の記録は困難です。未指定の文化財については、被災直後には手が回りきらず、道路など交通インフラの復旧時に撤去されることがあると聞きます。そういった場合に市民が被災直後の文化財の写真を撮影し、パブリックなSNSにて公開することは記録としても非常に価値があります。元来、文化財は専門家の独占物ではなく市民のものであり、市民が文化財情報に即時にアクセスし、市民自らが記録・発信できることは、まさに文化財保護法がいう「国民共有の財産」の根幹といえます。

 

【リスト1】
令和6年(2024年)能登半島地震
   空中写真(正射画像)
   空中写真判読による津波浸水域(推定)
   斜面崩壊・堆積分布データ
平成28年熊本地震
   阿蘇2地区 正射画像
平成23年東北地方太平洋沖地震
   空中写真(正射画像)
   津波浸水範囲

画像1 石川県珠洲市沿岸部にて、文化財(黄色い点とオレンジ)・津波範囲(青)・斜面崩壊箇所(赤)を表示
→文化財総覧WebGISでの閲覧はこちら
※画面展開後、左サイドバーにて「表示切替」―「遺跡情報、木簡・墨書土器情報」に手操作必要です

画像2 石川県珠洲市、文化財(黄色い点とオレンジ)・斜面崩壊箇所(赤)を表示
→文化財総覧WebGISでの閲覧はこちら
※画面展開後、左サイドバーにて「表示切替」―「遺跡情報、木簡・墨書土器情報」に手操作必要です

 

(1)【モバイル】スマートフォン比率96.3%に:2010年は約4% ここ10年で急速に普及(2023年4月10日)
https://www.moba-ken.jp/project/mobile/20230410.html

(2)総務省 『情報通信白書』令和5年版
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/html/nd247100.html

(企画調整部主任研究員 高田 祐一)

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