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石の器をつくる

2023年12月

 私の研究対象は石器です。西アジア新石器時代の打製石器や、縄文時代の北陸地方石製漁撈具の製作技術についての研究を行っています。石器の作り方や使い方など、人がどのようにものづくりを工夫し環境に適応したかに興味があるので、それらを理解するために製作実験を行うことがあります。

 実験結果を研究に生かすためには、加工する道具や岩石の条件を揃えて、加工にかかる時間をきっちり計測することが必要ですのでどうしても神経質になります。でも、本気の実験に先駆けた試作は気楽で結構楽しい作業です。今回はそんな風に半分趣味で石製容器を製作した様子をご紹介します。

 石製容器は、石焼ビビンバの器を想像していただくとわかりやすいですが、岩石をくりぬいて加工した器です。その起源は西アジアでは土器よりも古く、終末期旧石器時代ナトゥーフ期(約12,800-10,200年前)に遡ります。凝灰岩や玄武岩、アラバスターなどから作った容器が調理器や威信財として利用されました。日本では、平城京内でも新羅国から輸入されたとされる滑石製の石製壺が出土しており、古代末から中世においては、西日本で調理用の石鍋を大量生産した製作址が見つかっています(注1)。

 容器を製作するためまずは石材を採りに山へ赴きます。フィールドワークで石材の分布情報を集めることも重要です。今回の採取地は前職で縁のあった福井県若狭地方で、この地域は京都まで伸びている花折断層から派生した三方断層の東に花崗岩質の山地が広がり、谷筋では花崗岩が簡単に拾えます。周辺の縄文時代や弥生時代の遺跡でも磨製石器として使われている石材です。

 十分な大きさで、底部の座りのいい石材が見つかったら、あとはシンプルな工程で凹みを整形します(写真1:Ⅲ-V)。試作なので加工には現代の便利な道具を使用しました。①容器の内径を決めて筒状ドリルで穿孔し、②一回り小さい筒状ドリルで複数の孔を開け、③柱状に残った部分をノミで削り底面を平らに加工します。再び工程①に戻り、理想の深さになるまでこれを繰り返します。最後に④底部をやすりで整えて完成です。先史時代には、各工程に合わせて、穿孔用のドリル型石器、穴の拡張用の手斧、内側整形用の石器を使用しました。製作時間を短縮するため、砂と樹脂を混ぜたものを研磨剤として用いたという報告もあります。ダイアモンド刃の電動ドリルでは小一時間で完成したこの容器ですが、石器+手作業で穿孔すれば膨大な時間がかかります。また、加工具の石器も摩耗するため替えの石器を用意せねばならず、「手作り」にかかる時間は今の尺度からすると途方もありません。

 余談ですが、この容器は自分で植えた苔玉の受け皿にしました(写真1:Ⅵ)。粗目の花崗岩は水はけもよく重宝しています。普段、研究にはもちろん真剣に取り組んでいるわけですが、そこで学んだことがこうして遊びや趣味に生かされることも何気ない喜びです。

 (注1)潮見 浩1988「3 石製品」『図解 技術の考古学』有斐閣

(写真1)石製容器製作工程

(企画調整部アソシエイトフェロー 笠原 朋与)

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