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ミゾミゾ

2023年9月

 どの業界にもいわゆる「業界用語」はあるものですが、60年の発掘調査の歴史をもつ奈文研にも「奈文研用語」といえるものがあります。みなさんは「ミゾミゾ」という言葉を聞いたことがありますか?

 「ミゾミゾ」はいわゆる「耕作溝」です。奈良盆地の平野部で発掘調査をすると、幅・深さともに30cm以下の小さな素掘りの溝を多数検出することができます。耕作にともなうこの素掘り溝を、奈文研ではミゾミゾと呼ぶのです。とにかくこのミゾミゾ、縦横無尽に広がり、古代の遺構を検出する際の障害となる一方、層位の観察に利用できるため、真っ先に掘り上げていきます。この作業を「ミゾミゾ退治」とも言います。誰が言い出したのかはわかりませんが、小溝が無数にならぶ様から、そう呼ぶようになったのでしょう。奈文研の調査日誌をめくったところ、1970年代には既にミゾミゾに関する記述が確認できます。

 ミゾミゾは藤原宮跡内でもたびたび検出できますが、それらを集成したところ、大きく2種類のミゾミゾに分けられることがわかりました(図1)。一つは断面半円形の比較的浅いミゾミゾ(図2上、小溝群A)で、宮跡内でもいたるところで検出できます。もう一つは断面U字形または隅丸方形の比較的深いミゾミゾで、藤原宮の建物基壇を避けた相対的に低い範囲を中心に確認でき、規則的な間隔で掘られているのが特徴です(図2下、小溝群B)。検討の結果、浅いミゾミゾは中世以降のものが多く、深いミゾミゾは条里地割に基づいた奈良時代にさかのぼる耕作痕跡でした。

 図2は藤原宮大極殿院東北隅部の調査(飛鳥藤原第205次)ですが、規則的な間隔のミゾミゾが美しく掘られています。これらのミゾミゾの東端は大極殿院東面回廊基壇、西端は高市郡路東条里25条2里17・20坪の坪境畦畔によって区切られ、条里地割に基づいて、大極殿北方内庭部の相対的に低い範囲を耕地化した際に掘られたと考えられます。藤原宮の遺構写真ですが、私はつい美しいミゾミゾに目がいってしまいます。

 そんなミゾミゾですが、実は実際の耕作でどう機能したかはよくわかっていません。近畿地方の文化財担当者に話を聞いてみると、浅いミゾミゾは近畿各地でみられるものの、関東地方ではこうしたミゾミゾ自体があまり見られないのだとか。等閑視されがちなミゾミゾですが、条里制や古代の土地開発の実態を考えるための重要な遺構です。今後、発掘調査現場の見学会に足を運ばれた際は、ミゾミゾに注目してみるのも通の遺跡の楽しみ方と言えるでしょう。各地の文化財担当者の方からのミゾミゾ情報もお待ちしています。

図1 藤原宮跡内で検出されるミゾミゾ模式図(道上祥武2023「「藤原宮」後」『文化財論叢Ⅴ』奈文研)

図2上 検出されたミゾミゾ
小溝群A。無数に検出されるため、早急に記録し掘り下げていく。飛鳥藤原第210次、2022年。東から。

図2下 検出されたミゾミゾ
小溝群B。東端は回廊の基壇、西端は条里畦畔に沿って、規則的な間隔で掘られている。
飛鳥藤原第205次、2020年。北西から。

(都城発掘調査部研究員 道上 祥武)

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