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草原の国のお姫さまのご利益

2023年8月

 中央アジアに位置するカザフスタンは、日本の約7倍の国土面積をもつ広大な国で、いにしえより様々な文化が盛衰を繰り返した地です。私は2019年度から、ご縁があってこの地での調査研究や国際協力事業に携わっています。今回紹介するのは、そのカザフスタンでも良く知られた遺跡、西カザフスタン州に位置する紀元前5世紀頃のタクサイ(таксай)1遺跡についてです。

 この遺跡では、若くして亡くなり、きらびやかな黄金の装飾品とともにクルガン(日本の古墳に似た、墳丘をもつお墓です)に埋葬された女性がひときわ注目を浴びています。このブログの2023年6月の記事は遺跡の名前の付け方についてのものでしたが、こちらでは、最寄り駅の名前をとってその後に番号を付ける方式だそうです(例外もあるとのこと)。つまり、タクサイ駅の近くで見つかった1番目の遺跡の中の6番目のクルガン、というわけで、このクルガンはタクサイ1遺跡6号クルガンと呼ばれています。

 埋葬主体部からは、数々の黄金の装飾品だけでなく、精巧な騎馬人像を彫刻した櫛や青銅の鏡や容器、ガラスの器、車馬具などの様々な珍しい器物が発見されました。どうやら相当に裕福な人物であったようです。ウラルスク郷土史博物館には、復元されたこれらの器物に囲まれた女性の模型が展示されていて、当時のきらびやかさを現出しています(写真1)。また、遺跡からかろうじて目視できる距離で、かつ町からより近い場所に、この女性を祀った廟が立てられており、復元された女性像がその中央に座しています(写真2)。廟の入り口をみると「タクサイ・ハンシャイム」と書かれています。彼女はお姫様として地域の人々に祀られたのです。

 遺跡の発掘調査で出土した出自不明の人を祀るというのは、日本人からみるとかなりユニークかもしれません。それに加え、数年前にこの廟を訪れた、それまで子宝に恵まれなかったカップルが、訪問の10か月後に見事に出産を迎え、その報告にこの廟を再訪したというエピソードが知られると、お姫さまにあやかった「子宝ツーリズム」で町おこしをしてはどうか、などという話も地元では聞かれるそうです。

 日本から遠く離れた地でのユニークなエピソードにふれ、遺跡と地域の人々との関わり方というのは、実にいろいろな形があるのだと、改めて感じたのでした。

写真1 復元されたタクサイ1遺跡6号クルガンの「姫」(ウラルスク郷土史博物館にて筆者撮影)

写真2 西カザフスタン州ドリンノエ所在のタクサイ・ハンシャイム廟(筆者撮影)

タクサイ遺跡出土土器の分析から見えてきたストーリーについては
https://www.youtube.com/watch?v=WU68AWxqaOs
をご覧ください。

(企画調整部国際遺跡研究室長 庄田 慎矢)

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