なぶんけんブログ|奈良文化財研究所に関する様々な情報を発信します。

積み重ねる時間

2023年5月

 ひょいと人生を超える時間の中で文化財は護り伝えられています。なかでも埋蔵文化財(遺跡や遺物)は私たちの身近にあるので、発掘調査現場を目にされた方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。発掘調査は考古学的な手法を駆使しておこなわれ、しばしば歴史を塗り替えるような発見がにぎやかに報道されることもあります。護り伝えることの比重が大きい文化財の中では、埋蔵文化財は相対的に新しい動きを感じることができるものかもしれません。

 そうした中、調査成果は着実に積み重ねられています。過去の成果に対して、現在の調査技術や知識で臨んで新たな知見が得られることも少なくありません。実際に史跡整備にともなう調査などで過去の調査区を再発掘した話も見聞きします。

 奈文研では継続的な調査の場合に、新調査区と旧調査区を一部重複させることがあります。2021年に藤原宮大極殿院北方で実施した第208次調査では、後殿に関する遺構の有無を現在の調査水準で再検討するため1977年の第20次調査区を内包する形で新たな調査区が設定されました。写真1-1は1977年撮影、写真1-2は2021年撮影の調査区全景写真です。前者は先輩写真技師である井上直夫さん撮影、後者は筆者撮影のものです。さらっと並べていますが、この2枚の写真の間には実に44年もの歳月が流れています。1974年生まれの筆者は3歳、言葉をしゃべり始めた頃に撮影されたものです。その幼児が同じ場所に立って記録写真を撮ってのこしていく。恐ろしいことです。迂闊(うかつ)なことはできません。

 見比べると調査区内の溝の形状などがほぼ一致しており、調査後の遺構保存状況の良さと調査担当者のレベルの高さを感じます。調査成果は『奈文研紀要2022』に掲載されているので詳しく触れませんが、再精査によって新知見を得ることができました。

「藤原宮大極殿院の調査−208次」
https://sitereports.nabunken.go.jp/129169

 出土遺物の場合、先輩方の写真と遭遇する機会はもっと増えます。写真2は茨城県結城市(ゆうきし)の結城廃寺から出土した塼仏(せんぶつ)片です。1988年から1996年に実施された発掘調査には弊所研究員10数名が関わり、筆者が大学で教えを受けた山本忠尚先生のお名前も...。写真2-1は1988年井上さん撮影、写真2-2は2022年筆者撮影のカットです。この間34年、1988年は筆者15歳の中学生。歴史好きでしたが将来こんなことをしているとは露にも思ってはいませんでした。

 このカットは、当時と同じ塼仏片だけで俯瞰撮影をおこないました。時代を感じさせる井上さんの赤背景紙遺物直置きに対して、筆者は白背景紙遺物直置きにしました。配置は火頭形三尊塼仏を頂点に置いて種別や部位に応じて区分けし、仏様の表情や衣文、光背のわずかな文様も視認できるよう意識しながら撮影しました。

 結城廃寺は史跡整備を目指した調査が再開されて遺物整理も動き始める中、早稲田大学教授の城倉正祥さん(奈文研OB)に声をかけていただき調査に加わりました。新しいカットと撮影意図を紹介したものが『東都絹研News』No.4で発行されていますので、興味のある方は下記にアクセスしてみてください。

「茨城県結城市 結城廃寺出土塼仏類の高精細写真撮影」
https://sitereports.nabunken.go.jp/130394

 最後に紹介する写真3は、三重県松阪市の宝塚1号墳から出土した船形埴輪です。2000年に出土したこの埴輪は全長140cm、高さ94cmと巨大なもので、2004年にもう一人の先輩である牛嶋茂さんが撮影されました。その後の遺物の再整理事業で修復され、2021年に撮影する機会が筆者に訪れました。撮影では横位8方向を基本に、台座や立ち飾りの有無、俯瞰など新たな視点のものを撮り加えました。2004年写真3-1と2021年写真3-2の間に流れた時間は17年、前の2例と比べると短く感じてしまいそうです。2004年の筆者は、とある町の教育委員会での奉職9年目、町政施行50周年や隣接市との合併協議で慌ただしい中、写真技師という仕事に興味を持ち始めた頃でもありました。今にして思えば先々の変化を感じていた時だったような気もします。

 そう、この瞬間もどこかで私の仕事のバトンを渡す人が生まれ育っていて、それほど遠くない将来に私が撮った写真と対話(対決?)してくれるのでしょう。そう思うと何やら心強く、また出会える日が訪れることを楽しみに感じてきます。

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写真1−1「調査区全景」(藤原宮第20次調査)
1977年井上直夫さん撮影

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写真1−2「調査区全景」(飛鳥藤原第208次調査)
2021年筆者撮影

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写真2−1「結城廃寺出土塼仏」
1988年井上直夫さん撮影 ※結城市教育委員会所蔵

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写真2−2「結城廃寺出土塼仏」
2022年筆者撮影 ※結城市教育委員会所蔵

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写真3−1「宝塚1号墳出土の船形埴輪(前方左から)」
2004年牛嶋茂さん撮影 ※松阪市教育委員会所蔵

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写真3−2「宝塚1号墳出土の船形埴輪(俯瞰と左側面正対)」
2021年筆者撮影 ※松阪市教育委員会所蔵

(企画調整部専門職員 栗山 雅夫)

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