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考古学者の道具箱

2023年5月

 人類学者の赤澤威さんは「縄文人の道具箱」という表現を使って、縄文時代の遺跡から出土した石器や漁具のセットに地方差があることを説明しました(「日本の自然と縄文文化の地方差」『人類学-その多様な発展』日本人類学会編、1984年)。

 それでは、過去の歴史を調査している現代の考古学者の道具箱には、地方差があるのでしょうか?

 全国の文化財調査担当者の皆さんへ発掘調査道具に関するアンケート調査を行いました。奈文研では、文化財担当職員の資質向上を目的とする研修を実施しており、日本各地から数多くの方々が毎年研究所を訪れています。そこで、研修でアンケート用紙を配布して、ご協力をお願いしました。同僚も全国の説明会でアンケートを配布してくれました。その結果、13年間で1,479名の方から回答をいただきました。この人数は全国の埋蔵文化財専門職員の約26%にあたります。

 アンケートの結果、「土(包含層)を掘る道具」や「土坑を掘る道具」、「土を削る(清掃する)道具」に地域差がみられました。土を掘る道具は、どの地域でもスコップ、移植ゴテ、クワで90%以上を占めていました。ただし、クワの比率には東西差があり、西日本ではクワをよく用いますが、東日本ではあまり用いられてはいませんでした【図】。土坑を掘る際にも、テグワやテバチを含むクワを用いるという回答が東日本では非常に少ないという結果でした。

 なぜ、考古学者の道具箱に地方差が生じたのでしょうか?

 その要因の1つは、掘る土壌の違いではないかと考えています。北海道、東北、関東、九州を中心として、主要な火山の東側の台地や丘陵には、黒ボク土が広く分布します。主に火山灰に由来するため、比較的軽くてやわらかい土壌です。それに対して、西南日本の台地や丘陵には、主に赤黄色土が分布します。水はけが極めて悪く、乾燥すると硬くなる土壌です。

 西日本で使用頻度の高いクワは、土を掘り起こす農具ですが、発掘調査では硬い土壌を崩すために使われます。クワ利用の地方差は、発掘調査で掘る土壌環境に影響を受けている可能性があります。土を削る道具も、東日本でジョレンや移植ゴテが多いのに対して、西日本は草削りが多いという結果でした。これも堆積土壌の相対的な硬さの違いを反映しているのかもしれません。

 このように、考古学者が使っている発掘調査道具は、その地域の土壌環境が影響しているようです。ただし、土壌環境と一致しない地域も存在しており、すべてを環境要因だけで説明できる訳ではありません。出身大学における考古学教育の伝統、遺物や遺構の調査方針や検出方法、地元のホームセンターなどの品揃えといった様々な要因が想定されますが、普段使用している発掘調査道具を見直し、道具の選択肢を広げる提案につなげられたらと思っています。

 奈良文化財研究所創立70周年記念論文集には、このアンケート結果を基に、これまで全国一律に説明されてきた発掘調査道具の地域性を検討した論文が掲載されています(山崎健「発掘調査道具論」『文化財論叢Ⅴ』奈良文化財研究所学報第102冊、2023年)。道具の呼び方についてもアンケートで聞いており、シャベルとスコップの呼び方の東西差、業界用語の「エンピ投げ」で有名なエンピが西日本ではほとんど呼ばれていない、一輪車をネコやネコグルマと呼ぶ東日本では排土の山をネコヤマと呼ぶことが多い、近畿では小型の道具に「テ」をつけて呼びがち(テスコ、テガリ、テグワ、テミ)、といった興味深い結果も得られています。都道府県ごとの集計結果の基礎データも掲載していますので、よろしければご覧ください。

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土(包含層)を掘る道具

(埋蔵文化財センター環境考古学研究室長 山崎 健)

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