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古い建物、「ぐるぐる」

2023年3月

 古い建物を見よう、と思い立ったら、まずは国宝・重要文化財といった、華やかな肩書に心惹かれるのが常というものではないでしょうか。ところが大多数の日本人にとって、そういった建物界のスーパースター達は、ともすれば何か月も前から旅行の計画を立ててやっと会いに行くものです。

 確かに国宝・重要文化財は、古く・美しく・珍しく、さすがはと心動かされる素晴らしいものばかりですが、そんな特別な機会にしか日本の古い建物を楽しめないのでは物足りません。ぜひ、身近な「ふつうの」古い建物を楽しんでいただきたい、と私は思うのです。

 とはいっても、解説板もないような建物を見に行っても何を見ていいのかわからない、という方も多いでしょう。

 そこで今回は、「絵様(えよう)」に注目しては、というご提案をしてみようと思います。絵様というのは、虹梁(こうりょう:梁の一種)の表面に彫ってある、あのぐるぐる模様の事です。神社やお寺の建物には必ずと言って良いほどあるものなので、気を付けて探してみてください。

 このぐるぐる模様には時代によっておおよそ以下のような傾向があるといわれています。

① 古いものほど真円に近い
② 古いものは彫りが細く浅い
③ 新しいものほど絵画的で装飾が多い

 図1・2に例を挙げ、特徴の出やすいポイントを図解しました。神社・お寺を訪ねたら、全体のスナップを撮るついでに絵様の写真もコレクションしてみてください。並べてみると、何気なく見ていた渦巻きが意外なほど個性豊かなことに驚くことでしょう。

 一つの建物でも、そのつもりで見れば何種類もの絵様が使われていることに気が付きます。もとからそのようにデザインされていたのだろうか、他の建物の部材をもらってきたのだろうか、はたまた修理の際に流行りのかたちを取り入れたのだろうか...といったところはちゃんと調べないとわかりません。いずれにせよ、その建物を守るため、盛り立てるため、それぞれに一生懸命だった先人たちが、なんだか身近に感じられてくるのは確かです。見様によってはつぎはぎだらけともいえる姿が俄然いとおしく、それでいてたくましく、ありがたいものに思えてきます。

 地域の方々に大切にされて長い時を経てきた建物がそこにある、というのはそれだけですばらしいことです。古い建物は旅行で見るもの、なんて思わずに、ぜひご近所の神社・お寺をふらり、ぐるぐる、と訪ねてみてください。

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【図1】八所宮(1709年/福岡県宗像市・市指定文化財)
オーソドックスな渦と若葉の例。二重に掛かる虹梁の下の方。彫は細いわりにやや深い。全体的には横長だが、渦は真円に近い。鎬(しのぎ)がはっきりしている。袖切部に「いばら」があり、若葉の先端はうねっている。

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【図2】王丸八幡宮(1807年/福岡県宗像市・未指定)
絵画的なものの例。二重に掛かる虹梁の下の方。雲か波のような図案化がされて絵画的。
ちなみに上の梁はオーソドックスな若葉付きの渦模様。

<参考文献>
文化庁歴史的建造物調査研究会(1994)建物の見方・しらべ方―江戸時代の寺院と神社
宗像市史編纂委員会(1996)宗像市史 通史編 第4巻 美術と建築 民俗
天沼俊一(1986)補訂 日本建築細部変遷小図録

(文化遺産部(併任)アソシエイトフェロー 山野 善紀)

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