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ラクダとカエル

2022年12月

 木造の建築は、天然の素材を様々なかたちに加工して、組み合わせて造られています。細部のかたちは、建築の見せ場であり、時代や地域の特徴がよくあらわれます。奈文研が建造物調査に取り組んでいる高野山の壇上伽藍に建つ国宝不動堂は、緩やかな勾配の檜皮葺の屋根をもつ鎌倉時代の優美な建物です。細部では、軒を支える桁を受ける部材の流麗な曲線が際立っています【図1】。

 私たちはこの部材を「蟇股(かえるまた)」と呼んでいます。カエルが両脚を開いて、ぐっ、と力を入れたかたちを表した、絶妙なネーミングでしょう。室町時代にはそう呼ばれていたようです。組物の間に据えられる中備えのほかにも、梁の上などに据えて、上部の荷重を下部へと分散させながら伝えます。なかでも、不動堂のようにくり抜くものを本蟇股(ほんかえるまた)と呼びます。かたちは時代により異なり、平安時代のものは、内部をくり抜かないで用いており、これを板蟇股と呼びます。

 板蟇股のような部材は、海を越えた中国でも確認できます。たとえば、日本の平安時代にあたる1020年に建てられた中国最大級の木造建築である奉国寺大雄宝殿ではやや扁平なかたちをしています【図2】。1103年に刊行された『営造法式』という建築技術書にも、様々なかたちの部材が掲載され、これを「駝峰」と呼んでいます。駱駝の峰、すなわちコブです。現代の日本に生きるわたしは、シルクロードをゆったりと歩くラクダの姿が浮かび上がり、なるほど、と思うわけですが、平安時代の日本に住む人々にとっては、どうだったでしょう。背中にコブをもつ動物なんて、想像できなかったのではないでしょうか。

 ほかにも、日本では、千鳥破風、懸魚、兎の毛通し、鼠走り、鼠返し、鴟尾、鯱、獅子口、龍舌、象鼻、獏鼻、獅子鼻、中国では、烏頭門、哺龍脊、哺鶏脊、陽馬、雀替、牛腿、鷰尾、などなど、身近に実在する動物から空想上の神獣まで、さまざまな名前が建築部材の名称になっています。多様で個性的なネーミングは、土地と切り離せない建築であるからこそ、生まれたのではないでしょうか。

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図1 日本の蟇股(金剛峯寺不動堂)

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図2 中国の駝峰(奉国寺大雄宝殿)
ともに、筆者撮影。

(都城発掘調査部主任研究員 鈴木 智大)

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