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水風呂のあとは、じっくり薬湯めぐり

2022年10月

 奈良文化財研究所平城宮跡資料館では、例年秋に木簡の実物を展示する「地下の正倉院展」を開催しており、今年もまもなく展示が始まります(令和4年度 会期:10月15日~11月13日)。この地下の正倉院展では、普段はなかなか見ることのできない、保存処理前の水浸け状態の木簡も展示される予定です。

 木簡をはじめとする木製品は、低湿地遺跡など地中の水分の多い環境で残ります。しかし、これらは埋蔵中の劣化によって、きわめて脆弱かつ多量の水分を含んだ状態となっています。出土した木製品は、そのまま乾燥させると著しく収縮し、元の形状が失われてしまうことから、適当な強度を持たせたうえで乾燥させる保存処理が必要となります。保存処理が始まるまでの期間は、乾燥しないよう水に浸けて一時保管されており、人目に触れる機会は多くありません。

 出土木製品の保存処理では、木材内部に含まれている水分を、常温で固体となる薬剤に置き換えて固めることで安定化が図られます。使用する薬剤の種類によって工程は多少異なりますが、まず劣化した木材組織を強化する薬剤を溶かした液体に木製品を浸け、内部に薬剤を浸透させます。ただし、このとき薬剤の濃度が急激に変化すると、野菜を塩漬けしたときと同様に、かえって木材内部から水分が抜けて木材が収縮してしまうおそれがあります。そのため、はじめは薬剤の濃度を低くしておき、徐々に濃度を上げながら、時間をかけて薬剤を浸透させる必要があるのです。木材に薬剤が十分浸透したら、真空凍結乾燥(フリーズドライ)などの手法によって、乾燥・固化させることで保存処理が完了します。

 一方、木製品を浸けている薬液の中に、ちょうどよい濃度となるよう定期的に少しずつ薬剤を足していくのは、管理がなかなか大変です。そこで奈文研では、とくに点数が多い木簡の保存処理のために、あらかじめ複数の容器にそれぞれ異なる濃度の薬液を用意しています。平たい網カゴに水漬けされていた木簡を並べ、この網カゴごと濃度が低い薬液から高い薬液へと、順番に移して浸けていくのです(写真1)。網カゴは複数積み重ねることもできるので、たくさんの木簡の保存処理を効率よく進められるようになっています。

 ちなみに、一部の薬液では薬剤を溶かすために、温度が40~50℃程度に保たれています。木簡の保存処理は、さながら薬湯めぐり...。入る順番を守り、焦らずじっくり浸かることがスタイルをキープする秘けつなのです。キレイに仕上がった木簡は、ぜひ地下の正倉院展でご覧ください。

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写真1 網カゴにのせた木簡を濃度の異なる薬液へ移す様子

(埋蔵文化財センター研究員 松田 和貴)

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