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文化財とPCR

2022年7月

 2019年末から続くコロナ禍の中で、「PCR」という言葉をよく耳にするようになったのではないでしょうか。鼻の粘膜や唾液などを採取し新型コロナウイルスへの感染の有無を判断する、いわゆる「PCR検査」として聞き覚えのある方も多いと思います。実はこの「PCR」と呼ばれる技術は、文化財分野でも利用されています。

 PCRとは、正式には「ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)」といい、目的とするDNA断片だけを短時間で指数関数的に増幅させることができる反応または技術を指します。DNAを構成するヌクレオチド鎖は、加熱されると二本鎖から一本鎖に分かれ、冷却されると結合するという特性を持っており、PCRはこの特性を利用しています。具体的には、次のようなサイクルによって行われています。

① DNAを加熱(95℃程度)し、二本鎖を一本鎖に分離する。
② 一本鎖DNAを冷却(60℃程度)し、プライマー(DNAの合成に必要となる短いヌクレオチド鎖)と結合させる。
③ 再度加熱(72℃程度)し、DNAポリメラーゼと呼ばれる酵素の働きによってプライマーから先のDNAを合成する。

 以上の①~③までのサイクルを30回程度繰り返すことで、目的のDNA断片を増幅させることができます。PCRの開発によって、ごく微量なDNAであっても分析が可能となる十分な量まで増幅させることができるようになり、現在では医学や分子生物学など様々な分野で応用されています。文化財分野もそのひとつとなります。

 文化財に生物被害が発生した場合、原因となっている生物種を同定するなどの目的でDNA解析を行うことがあります。PCRは、このDNA解析を行うための一連の作業のなかで利用されています。DNAは二本のヌクレオチド鎖からなる二重らせん構造をしており、ヌクレオチドは糖、リン酸、塩基によって構成されています。塩基にはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類があり、生物の遺伝情報はこのATGCの並ぶ順番(塩基配列)によって決定されています。DNA解析では、サンプルに含まれているDNAの塩基配列を決定し、データベースと照合することで生物種を同定することができます【写真1】。

 この技術を使って私は装飾古墳壁画から自然落下してしまったかけらを用いてDNA解析を行っています。このかけらに形成された微生物叢(ある環境中に存在する多様な微生物集団)を調べることで、壁画面に存在する微生物がどのような種によって構成され、どのような性質を持っているか推定することができます。このような情報を蓄積することで、装飾古墳壁画を現地保存するために必要な生物を制御する方法を考える基礎になるのです。

 馴染みのある言葉を通して、少しでも私たちの研究を身近に感じていただければ幸いです。

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【写真1】DNA解析の結果

(埋蔵文化財センターアソシエイトフェロー 松野 美由樹)

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