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雨天中止は何回か

2022年6月

 いよいよ本格的な梅雨の季節となりました。

 雨が降ると、どうしても屋外での活動が制限されてしまいます。私たちの主な仕事の1つである発掘調査も、雨の中ではできません。

 古代も事情は同じで、屋外でおこなう行事は、雨天の場合は中止したり、晴れの時とは異なる雨用の設営・進行で対応していました。天気予報の発達した今でさえ、発掘調査の担当者は天気で右往左往していますから、当時の役人たちも、きっと天気に振り回されていたことでしょう。

 さて、正史『続日本紀』には、元日朝賀が雨で行事が中止になった記事がいくつか見えます。元日朝賀は天皇に正月の挨拶をする儀式で、大極殿の前の広場【写真1】に役人たちが立ち並びますから、確かに雨天決行は困難です。

 では、奈良時代74年間のうち、元日朝賀は何回くらい雨で中止になったのでしょうか?

 『続日本紀』に雨で中止とはっきり書かれているのは、8回です(うち7回は、1月2日もしくは3日に順延)。ほかに、大風による中止が1回、他の史料から雪で中止と推定されるものが1回あります。

 一方、気象庁のホームページで2月4日(立春ごろ)の奈良の天気を調べてみると、1954年から2022年までの69年間で、1㎜以上の降水があったのは9回。これと比べると、奈良時代74年間で8回というのは、概ね妥当な回数のように思われます。

 しかし、『続日本紀』に直接書いていないけれども、実は雨で中止になったという年もあるかもしれません。何か手がかりはないでしょうか。

 平安時代初頭の儀式書『内裏儀式』には、「旧記によると、天応(781~782)以前は、朝賀を中止した場合でも、必ず元日に宴会をしていた」と書かれています。これが正しいとすると、元日に宴会をした記事だけがあり、朝賀について記載がない年は、朝賀が中止になった可能性があると考えられます。このような例は12件あります。

 もし特別な理由で中止になったのであれば、記事に書くはずです。記載がないのは、よくある理由だからで、悪天候による中止が多くを占めると考えてもよいのではないでしょうか。

 そうすると、74年間のうち、多く見積もって20回くらいは、雨をはじめとする天候不良で朝賀が中止になった可能性がある、と言ってもよさそうです。先に挙げた現代の立春の天気と比較すると、かなり多いですが、当日雨や雪が降った場合だけでなく、前日までに雨や雪が降り、地面の状態が回復しなかった場合も含むとみれば、ありえない数字ではないように思います。みなさんはどう思われますか?

 ちなみに、6月15日の奈良の天気を気象庁のデータで見てみると、1953年から2021年までの69年間で、1㎜以上の降水があったのは27回でした。やはり梅雨は別格です。

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【写真1】雨の平城宮第一次大極殿と礫敷広場(南西から)

(都城発掘調査部主任研究員 桑田 訓也)

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