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焼肉プレートで作れる焼き付け漆

2022年4月

 春とはいえまだまだ寒いですね。年度末の繁忙期も乗り切ってほっとしたこの時期、仕事が終わった後に焼肉を食べたくなる時がありますね?コロナ感染症蔓延の事情で、外食がなかなか難しい今、我が家のコタツに足を入れ、焼肉プレートで自家製焼肉を楽しむのも悪くないですね。実はそのプレートで肉と野菜だけではなく、漆も焼けます。

 漆はウルシの樹液から精製される天然塗料で、耐水性、耐腐食性など様々な優れた性質を持つため 、日本における塗料や接着剤としての利用の歴史は縄文時代にまでさかのぼります。通常、漆は温度20―30℃、湿度60―80%RHの環境を維持できる「漆風呂」の中で硬化させます。漆の主成分はウルシオールと呼ばれる液体の分子です。これらが漆に含まれる酵素の働きで互いに結びつくことで、液体から徐々に固体へと変化して、最終的に皆さんがご存知の強固な漆へと変化します。そしてこの反応は漆が流動性を失ってからも続き、実に1年という長い時間を要して進みます。

 しかし、こういう方法で硬化させた塗膜は、金属や陶磁器、ガラスのような材料の表面にはしっかりと付着しないのです。この問題を解決するため、南部鉄器の製作などでは漆のもう一種の硬化法、すなわち焼き付け(高温硬化、通常100℃-250℃ぐらい)が古くから利用されてきました。漆の高温硬化における成膜メカニズムはまだ十分には解明されていませんが、酵素は50℃以上になると失活しますので、焼き付けの際に酵素が働かないと推測されます。常温であれば1年程度の時間を要する漆の硬化反応は、加熱によって加速されるため、焼き付けによって漆の硬化時間は劇的に短縮できるばかりでなく、金属などの表面が平滑な材料に対しても、しっかりと付着させることが出来るのです。

 一方、金属は焼き付けによって表面にしっかりとした漆塗膜が作られることで防錆効果が得られるため、腐食に強い材料となります。文化財では建造物の飾り金具や甲冑武具などで焼き付け漆がよく見られ、平城京からも漆が付着する金属製品が出土します。そういった遺物を保存処理する際の最適条件を検討するために、模擬漆製品を用いた保存処理実験を行っています。その漆の塗布方法は出土品の状態と現代漆芸家の作業から推察すると、「刷毛塗り」と「拭き漆」二つの方法に分かれています。「刷毛塗り」は厚さを意識し、漆を刷毛で金属上に塗布したあとで、加熱して塗膜を形成させます。一方、「拭き漆」は金属を加熱しながら、漆を真綿に含ませて金属を拭きあげて、薄い皮膜を何層も作ります。このような拭き漆の方法で模擬漆製品を作成するときには、細かい温度設定が可能で、しかも加熱しながら作業できる焼肉プレートは特に使いやすい便利な道具なのです。【写真1】漆を焼く時、独特のにおいがしますが、仕上りが綺麗で、普通の塗りより早くできます、皆さんも興味がおありでしたらぜひともお試しを。

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写真1 漆を焼肉プレートで焼き付ける風景

(埋蔵文化財センターアソシエイトフェロー 楊 曼寧)

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