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さびない文化財はオーパーツ?

2022年3月

 私がお世話になっている美容師さんは古代のミステリーや歴史ロマンといった話題が好きで、髪型を整えてもらいながら文化財の話をすることがあります。ある時、「お仕事でオーパーツに出会ったことはないんですか?」と冗談交じりに聞かれたことがありました。ちなみに、オーパーツ(OOPARTS)とは、Out of place artifactsの略で、当時の文明や加工技術では説明できない、つまり、時代、場所にそぐわない出土品などを指すようです。「そんな映画みたいなことはないですね。」と答えると、「1000年たってもさびない文化財とか・・・」と言われて、ピンときました。そして私はこう答えました。「それ、ありますよ。」と。

 実は金属製文化財の中には、作られてから何百年も経過したにもかかわらず、ほとんどさびていないものがあります。世界的に有名なのが、「デリーの鉄柱」と呼ばれるものです。インドにある高さ7mの巨大な鉄の柱で、1500年以上経過しているにもかかわらず、ほとんどさびていないことから、金属製文化財のオーパーツとして知られています。デリーの鉄柱は腐食工学を専門とする研究者の間でもよく知られており、数々の科学的な調査がおこなわれています。2000年に発表された腐食工学の学術雑誌に掲載された論文 1)では、鉄に含まれるリンの影響により保護性の高いさびが形成され、腐食が抑制されてきたのではないかという仮説が提示されています。ちなみに、リンは耐候性鋼という現在の鉄鋼材料にも意図的に添加されています。デリーの鉄柱に含まれるリンは意図して加えられたものなのでしょうか。デリーの鉄柱の耐食性については、他にも様々な説が示されており、現在も研究が進められているようです。

 実は私たちの身近なところにも、1500年経過してもさびがほとんど進行していない文化財があります。例えば、古墳から出土する一部の鉄製文化財は部分的に金属光沢をとどめていることがあります(図1)。これは、当時の技術では説明できない加工技術で作られたオーパーツなのでしょうか?私の答えは「No」です。図2は模擬古墳での腐食実験の結果です。模擬古墳の石室内に設置した鉄を観察すると、数年間という実験期間ではあるものの、金属光沢が残っていることが認められます。では、どうして腐食が抑制されるのでしょうか?

 鍵になるのは、文化財の表面に形成される薄い水の膜にあります。古墳の石室内では常時、高湿度環境が維持されることで、鉄製文化財の表面には結露などにより非常に薄い水の膜が形成されます。通常は腐食によってイオンとなって溶けだした鉄が周辺の地盤などに流れていくことで、腐食が進行します。しかし、非常に薄い水の膜が常に維持される状況が作られると、鉄イオンが表面の水の膜にとどまることで緻密なさび層が形成され、腐食が抑制されたのではないかと私は考えています。つまり、条件がそろえば、鉄の腐食は非常に緩慢になる可能性があるのです。

 このような話をしたところで、美容師さんのオーパーツに対するロマンチックな妄想を台無しにしてしまったのではいないかと心配になりました。しかし、意外にも「へえ~!それでそれで?」と私の話に熱心に耳を傾け、水分の状態などの環境側の要因が文化財の保存状態を大きく左右することに関心を寄せてくれていたようでした。

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図1 宮崎県西諸県郡高原町 立切地下式横穴墓群出土の鉄鏃(宮崎県立西都原考古博物館所蔵)
矢印の領域は当時の金属鉄の質感をとどめている。

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図2 模擬古墳の石室内で3年間暴露した炭素鋼試料
腐食生成物は試料の下端部にのみ認められ、側面は金属光沢を有している。

1) Balasubramaniam, R., 2000, On the corrosion resistance of the Delhi iron pillar, Corrosion Science, 42, 2103-2129

(埋蔵文化財センター研究員 柳田 明進)

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