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小説に描かれた古代の食―『与楽の飯』のカツヲイロリ

2022年2月

 第165回直木賞(2021年7月)受賞作家・澤田瞳子氏の小説『与楽の飯―東大寺造仏所炊屋私記』(光文社文庫)は、東大寺の大仏造営に借り出された人びとの人間模様を描いています。ときは奈良時代。仕丁として平城京にやって来た主人公・真楯は、東大寺造仏所に配属されました。日々の仕事はきついけれど、そこの炊屋で飯をつくる宮麻呂は料理がとても上手で・・・と、話は進んでゆきますが、あるときこの宮麻呂に、僧らに生臭物を食べさせたとの嫌疑が持ち上がり、ひと騒動が起きます。この続きはぜひ、本編を読んでいただくとして、この疑いの元になったのが「堅魚煎汁(カツヲイロリ)」であったことは明かしておきましょう。宮麻呂の飯がうまいのは、動物性の出汁で味付けしているからだという讒言があったわけです。

 この小説の設定がおもしろいのは、話が堅魚煎汁をめぐる騒動として展開してゆくことです。小説のなかでは、それはカツオの煮汁から作った高価なうま味調味料として描かれており、かつおだしの味に親しんでいる日本人なら、その香りをすぐに想像できると思います。しかし堅魚煎汁は、いったいどのような調味料だったのでしょうか?平城宮・京出土木簡や『延喜式』主計式上によると、それは伊豆国や駿河国の特産品で、「養老賦役令」には調としての貢納規定が見えます。また「令集解」では「熟煮汁曰煎也」、つまりカツオの煮汁をさらに煮詰めたものとあり、最近もこの製法でこれを再現した実験例があります。この再現実験では、1か月経っても細菌類は検出されず、その保存性が確認できたそうです1

 ところで堅魚煎汁は、一説では須恵器の壺に入れてみやこまで運ばれた2、ということになっています。伊豆国・駿河国で焼かれた細頸で細胴の須恵器壺(写真1)は、平城宮・京でも多く出土しますので、これに堅魚煎汁を入れていたんだ!という説はそれなりに正しく聞こえますが、異論もあります。しかし『延喜式』大膳式上では、「堅魚煎汁七瓶(別五合、冬加三瓶)」〔平野雑給料〕と書かれていて、平野祭3のときには瓶子入りの堅魚煎汁を用いていますので、「煎汁容器説」にも、一定の理があるわけです。考古学の立場から堅魚煎汁を考えると、このように必ず容器の話になります。その詮索は当分続くことでしょう。

 『与楽の飯』に描かれているのは、戒律や食にまつわる禁忌の裏側にある人間世界です。このお話では、肉や魚が食べものとしてしばしば登場します。大仏造立の現場で、本当にこれらが食べられたかはさておき、古代寺院の遺構から動物性の食物残滓が出土した事例はあります4。作中に登場する猪汁や鶏の醤焼き、焼き鮒などは虚構でありながらも、古代における食の現実を言い当てているようでもあり、なかなかおもしろいと思います。なお、あまり詳しく書きすぎてはいけませんが、件の隠し味は堅魚煎汁ではないことが、宮麻呂自身によって明かされます。堅魚煎汁とは異なる古代のうま味調味料とは、いったい何か。そこはぜひ、小説を読んで確かめてください。

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写真1 平城宮・京出土の須恵器細頸壺(奈良文化財研究所蔵)

参考文献
1 三舟隆之・中村絢子「古代の堅魚製品の復元 堅魚煎汁を中心として」『国立歴史民俗博物館研究報告』第218集、国立歴史民俗博物館、2019年。
2 巽淳一郎「都の焼物の特質とその変容」『新版古代の日本』⑥ 近畿Ⅱ、角川書店、1991年。
3 柴田 実「ひらののまつり 平野祭」『国史大辞典』第11巻(にた~ひ)、吉川弘文館、1990年。
4 山崎 健「西大寺食堂院SE950出土の動物遺存体―第404次」『奈良文化財研究所紀要2021』、奈良文化財研究所、2021年。

(都城発掘調査部考古第二研究室長 森川 実)

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