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考古生化学者のお宝さがし ~理想の現生試料を求めて!~

2021年11月

 考古生化学という研究分野をご存じでしょうか。考古生化学は、遺跡や遺物の中から当時の生物に由来する、顕微鏡でも見ることのできない極めて小さな生体物質(DNA、タンパク質、脂質など)を探し出して調査研究する分野です。あらゆる物質に共通することですが、長い間土に埋まっていると変化してしまいますので、分析結果はその変化を考慮して考察する必要があります。やっかいなのは、もとの物質がどれだけ変化したか、逆に変化していない(しにくい)ものは何か、こういったことを遺跡や遺物の状況から逆算して考えることがほとんど不可能なことです。そこで重要になるのが、現生試料を同様に分析して、どのようなメカニズムで遺跡や遺物に生体分子が取り込まれ、残りうるのかを検討することです。しかし、この現生試料というのがなかなかの曲者です。

 いうまでもなく私たちの体は外から取り入れた様々な物質―食べもの、飲みもの、空気など―から作られます。この体内にとり入れた物質の元素によって私たちの体が構成されるわけです。そのため、食料資源や環境があまりにも違うと、たとえ同じ生き物であっても考古生化学の世界では「異なる値を持つ」別ものになってしまう場合があります。

 家畜を例に考えてみましょう。今は物流が発達していますので、海外からトウモロコシ飼料を安く仕入れて家畜に与えることができます。トウモロコシはC4植物に分類されます。一方、昔は地元の植物を与えていたことでしょう。日本の植物のほとんどはC3植物です。C4植物を食べる生き物はC3植物を食べる生き物と比べて炭素同位体比(δ13C)が高くなるので、今と昔の家畜で骨の炭素同位体比を比較すると、値がずいぶん異なってしまいます。これに経年変化も加味しなくてはいけないので、ますます訳が分からなくなってきます。

 それではどのような現生試料が理想かといいますと、それは「昔ながら」の方法で育てられたものになります。農薬を使わず、輸入した飼料を使わず、現地の食料・水・空気で育てられたものです【写真1】(もちろん、農薬や輸入飼料の使用が悪いと言っているのではありません。あくまで考古生化学という観点から分析には向かないということです)。昔ながらと言葉でいうのは簡単ですが、そういった生産者の方はなかなかいらっしゃらないのが現状ですし、実際にお話を伺うと、伝統的な農法や土地利用を維持することが如何に難しいのかを痛感します。それでも続けてくださる方のおかげで、技術が継承され文化が守られていることを思うと、本当に頭が下がる思いです。

 これまで研究に協力してくださった生産者の皆さん。おかげさまで、今日も美味しく楽しく研究ができています【写真2】。

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【写真1】加熱実験の様子1
(左からイネ・マグロ・精製水・イノシシ・シカ・ヤギチーズ・アユ・キビ)
温度を計測しながらそれぞれの食材に由来する有機物を実験用の土器片に吸収させていきます。見ているだけでお腹がすきますね。

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【写真2】加熱実験の様子2
どんな結果になるのやら。みんなドキドキしながら見守っています。

(企画調整部アソシエイトフェロー 村上 夏希)

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