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木を見て文字も見る

2021年10月

 「木を見て森を見ず」は、物事の一部分や細部にとらわれて、全体を見失うことを言うことわざです。平城宮跡からも大量に出土する木簡は、「木」に「文字」が書かれているわけですが、みなさん「文字」には関心を寄せるものの、「木」にはあまり注目してくれません。冒頭のことわざをもじると、「木を見ずに文字を見る」といった状況でしょうか。しかし、木簡の「木」からの情報はとても重要なものであり、例えば木簡に関する研究誌である『木簡研究』には、創刊の辞として史料としての木簡の価値を高めるには、単にそこに書かれた文字ばかりでなく、その形状・材質など物に即した精密な考察が必要不可欠である、ということにも触れられています。

 現在、平城宮跡資料館では「地下の正倉院展-木簡を科学するⅡ-」(2021年度秋期特別展・10月9日~11月7日)が開催されていますが、この展覧会でも紹介している木簡の年輪年代学的な検討は、まさに「木」としての木簡に着目した好例なのかも知れません。写真で示すように、通常の木簡調査では使われない実体顕微鏡などを駆使して、仮道管のような「木」の細胞レベルまで観察して検討を進めます。ここまで「木」を詳細に観察することで、木簡の同一材関係が明らかになるなど、これまで以上に木簡から得られる情報が増大してきているのです。

 しかし、年輪年代学で明らかになるのは、あくまで「木」の情報に限られます。例えば、削屑木簡の同一材関係が明らかになった場合でも、それらが同一簡由来であることは即決できず、あくまで直接的に接合しなければ同一簡なのかどうかは証明できないのです。

 そこで重要になってくるのは、年輪年代学的な「木」の成果と、文脈あるいは筆跡などの「文字」の成果を総合して、改めて木簡を見直す作業です。このような、「木」と「文字」相互の検討を繰り返すことで、木簡から得られる古代の情報はより豊かになっていくことでしょう。木簡は、「木を見て文字も見る」ことがとても大切なのです。

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写真1 実体顕微鏡を用いた木簡の年輪年代学的検討風景

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図1 年輪年代学的検討により「相模国高座郡」の記載を指摘した削屑木簡

(埋蔵文化財センター年代学研究室長 星野 安治)

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