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石のあかぎれ

2021年9月

 長引くコロナ禍の中、昨年の冬は例年以上に手を洗う頻度が増えたため、手のあかぎれに悩まされました。いまさらではありますが、冬の外気は湿度が低いため、私達の肌から外気によって水分が奪い取られてしまうことがあかぎれの原因です。このように、水分が外気によって奪われてしまうことで起こるトラブルは、屋外に置かれている石像文化財でも深刻な問題となり得るのです。

 一般に"石"と聞くと、硬いもの、というイメージを持たれると思います。確かに城の石垣やピラミッド、アンコール遺跡群を見ると、なるほど堅牢で高い強度をもつ材質であることは間違いありません。このように堅牢な材質で、あかぎれというのは想像しにくいかも知れません。しかし、石という呼称はあくまで総称であって、その出来方や材料によって、石の種類や特性も実に様々です。とりわけ、石の劣化のしやすさを左右する、石の強度や、あるいは石内部の空隙の大きさ・量といった特性も実に様々です。たとえば、石材として多用される花崗岩や、石器などによく見られる黒曜石は、いずれもマグマが冷え固まって出来る火成岩で、一般にとても堅牢で空隙の少ない石です。一方で、石造文化財に多用される砂岩や凝灰岩は、川底や海底にたまった砂や、火山の噴火によって降り積もった火山灰が押し固められたもので、一般に比較的柔らかく、空隙の多い石材と言えるでしょう。

 このように、空隙だらけの、いわばスポンジのような石で作られた石造文化財が屋外に置かれた場合、当然、石の内部には大量の水が含まれることになります。特に、下端が地表面に据えられているような場合には、上から供給される雨水よりも、雨によって濡れた地表面からの水が問題になります。つまり、ちょうどティッシュペーパーの下端をコップの水に浸したときに水が吸い上げられるように、地表面から石の内部へと水が浸透してしまい、その結果、石の体積はわずかに膨張していきます。

 また、屋外の石造文化財は、雨だけでなく、日射にもさらされることになります。水分を含み、膨張している石に、直接日射が当たると、石の表面は当然のことながら急激に乾燥します。冬期の乾燥した空気にさらされた場合も同様です。その結果、乾燥が進む石の表面は収縮しようとする一方で、石の内部は未だ十分に濡れて、膨張した状態にあるため、石の表面は引っ張られ、突っ張ったような状態になります。このようなストレスを繰り返し受けた結果、石の表面にも"あかぎれ"が生じるというわけです(写真1)。

 石造文化財の中には、表面に彫刻や彩色が施されているものも存在し、そのような場合は、石の表面がわずかでも失われては特に大変です。このような劣化が進行しないよう、石造文化財を構成するそれぞれの石の特性を調べるだけでなく、それらの劣化の進行に対して、周辺の環境がどのように影響をおよぼしているのか、そして、劣化の進行を抑制する環境とはどのようなものか、それぞれのフィールドで調査をおこないながら、日々検討しています。

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写真1 発掘後、屋外で展示されている礎石。
軟らかい凝灰岩製で、あかぎれ状のひび割れや、表層の剥離が進行している。

(埋蔵文化財センター保存修復科学研究室長 脇谷 草一郎)

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