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古代人の指紋

2021年9月

 土器や埴輪などを観察し、触っていると、自分の指が器面に妙にフィットするのを感じることがあります。土器製作時に古代人によって残された指の痕跡と、自分の指が合致するからです。さながら古代人と手を合わせたかのように感じられるわけですが、その中でもまれに指紋が残される場合があります。

 これらを対象とした分析はいまだ少ないですが、例えば茨城県・鉾の宮1号墳では埴輪に残された指紋を警視庁鑑識課の協力の下、鑑定をおこない、異なる個体が同じ作り手によって製作されていたことを実証しています(杉山晋作・塚本宇兵2001「工人特定法」『シンポジウム 関東における埴輪の生産と供給』学生社)。また、残された指紋から、その指紋を残した手の左右および天地を特定して、埴輪製作時における作り手の所作を詳細に復元することにも成功しています。

 このように、作り手の同定や製作時の手の向きを明らかにしうる点で、指紋研究は新たな可能性を持っていると評価できますが、今一つ私が注目しているのは土器などに残された指紋の形状です。現在の日本では、同心円を描く指紋(渦状紋)をもつ人が50%、馬蹄形の指紋(蹄状紋)をもつ人が40%、低い山形の指紋(弓状紋)をもつ人が
10%程度であると言われています。これを踏まえて、考古資料に残される指紋を調べてみると、蹄状紋のものが多くを占めることがわかります。

 写真1・2は、奈良県明日香村に所在する大官大寺および石神遺跡から出土した、飛鳥時代の土師器に残された指紋です。いずれも指紋は断片的ですが、写真1のものは蹄状紋であるように見えます。写真2も蹄状紋のうち、指の腹から第一関節の部分に相当すると考えられます。蹄状紋をお持ちの方はぜひご自分の手と比べてみてください。

 また、土師器のみならず埴輪でも多数を占めるのは蹄状紋であり、現在の日本人で50%ほどを占めるとされる渦状紋のものはさほど見受けられません。なぜこのような相違が生まれるのでしょうか。考古資料に残される指紋の例が少ないため、現時点でその答えを用意することはできませんが、私たちの先祖の成り立ちを探る一つのテーマになるのでは、と期待しています。

 最後に、現在の犯罪捜査などで使用されている指紋鑑定は、H・フォールズという人物が東京都・大森貝塚出土の縄文土器に残る指紋に着想を得て発案されたと言われています。犯罪捜査のみならず、スマートフォンのロック解除の方法にも応用されている指紋認証は、考古資料と古代人が残した手の痕跡に端を発しているというのもロマンがありますね。資料を手に取る機会があれば、古代人の残した指の痕跡に自分の手を重ねて対話してみてください。


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写真1 大官大寺出土土師器の底部(栗山雅夫氏撮影)


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写真2 石神遺跡出土土師器の底部(栗山雅夫氏撮影)

(都城発掘調査部アソシエイトフェロー 木村 理)


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