なぶんけんブログ|奈良文化財研究所に関する様々な情報を発信します。

ドアの無いヘリコプター

2021年5月

 ヘリコプターで空中散歩。

 なんと優雅な響きを持つ言葉でしょう。

 写真室で仕事をする筆者は、毎年八尾空港からヘリコプターに乗って遺跡等の撮影をします。写真は被写体の位置や形状を写し取るのが得意です。例えば、発掘調査は地面の下にある遺構や遺物を確認しながら、地形の起伏を巧みに利用した人間の営みの痕跡を調べます。こうした遺跡の成り立ちを、立地や周辺環境まで引っくるめて記録できるのが空中写真です。最近ではドローン撮影も増えていますが、研究所では地上の隅々まで写せる高解像度の中判デジタルカメラで撮影しています。

 写真1と2をご覧ください。ヘリコプターから撮った俯瞰と斜め写真です。

 写真1は2019年の藤原宮大極殿院の発掘調査区の写真です。

 写真2は藤原宮跡越しに畝傍山や二上山を見通した写真です。写真3のように窓を開けて撮影できるものです。

 では、写真1はどう撮ったでしょうか?(安全上機外にカメラを出すことはできません。)答えは、「90度近く機体を傾ける」です。カメラレンズ面と地面が平行になるように。

 写真4の機体は後部座席のドアがありません。なぜこんなことになったのか?

 それは2016年のこと。整備点検で窓が開く機体が無く、「窓越しに撮影」「ドアを外して撮影」の2択を迫られました。当然画質優先ですので、ドアを外す方を選択しました。

 結果、写真5のように座席のすぐ横に奈落の底が見える状況になりました。巡航速度は時速200km近くになるので、機外はすごい風です。物を落下させると大変ですから、チャックのついたバッグを使い、座席にカメラを括りつけます。写真3と写真6を見比べると、ドアを外すことでカメラの可動域が大幅にアップしているのが一目瞭然です。被写体は遺跡のある地面ですから、足元まで画角に捉えられることに驚きました。この感動を業者の方に伝えたら、以後、デフォルトでドアの無いヘリコプターが手配されるようになってしまいました。

 期せずして画角の自由度が増したので垂直真俯瞰写真を撮ってやろうと思いつき、毎回チャレンジしていますが、これが難しい。ヘリコプターはホバリングしながら機体を傾けることができませんから、一定速度で飛行しながら機体をグイッと傾けることになります。その瞬間、素早く調査区を確認し、画角内に収めて、ピントを合わせて、ブレたりボケたりしないようにシャッターを切る必要があります。操縦士と阿吽の呼吸が必要ですが、毎回同じ人ではありません。

 ちなみに写真1の時は、同乗していた女性研究員が「キャアッ!」という声をあげたのをヘッドホンで聴きながらシャッターを切ったものです。私は高い所に登ると飛び降りたくなる衝動を感じるのですが、ファインダーを覗いている時は不思議と落ち着いています。昨年秋に乗った操縦士はベテランの方で、真俯瞰で撮りたい要望を伝えると腕まくりし(たように見える)、喜び勇まれた風に見えました。結果、結構なスピードで、ジェットコースターが高速カーブに差し掛かるような感じに機体をグイッ!と倒されました。不覚にも「ウワッ!」と声を出してしまいました。同乗した研究員は「ようやるわ...」と呟いていました。

 文化財を記録し、皆さんに魅力を伝える上で写真の持つ力はなかなか侮れません。様々な道具や技術を駆使しながら、勇気と気概を持って撮影に臨む日々です。ドアの無いヘリコプターが飛んでいたら、無茶な角度で機体を傾けていたら...搭乗しているのはきっと私です。

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写真1「垂直・真俯瞰写真」(飛鳥藤原第200次調査)
中央左上、木々が生えている所が藤原宮大極殿跡

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写真2「斜め・鳥瞰写真」
中央手前、陽光が射すロの字型建物が飛鳥・藤原地区庁舎

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写真3「標準的な空中写真撮影の様子」
自動車のように窓を開けて撮影

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写真4「後部座席のドアが無い」
オープンカーみたいなものです

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写真5「ドア無しヘリからの景色」
一寸先は奈落...

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写真6「開放的な空中写真撮影」
冬場はとても寒いのです

(企画調整部主任 栗山 雅夫)

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