なぶんけんブログ|奈良文化財研究所に関する様々な情報を発信します。

アンコール遺跡群西トップ寺院遺跡保全プロジェクトの概要

これまでの経緯


日本国政府アンコール救済チーム(JASA)が修復に携わる
バイヨンの南経蔵


修復のための足場が組まれた西トップ寺院

  奈良文化財研究所は2002年度よりアンコール遺跡群のうちのひとつ、西トップ寺院(Western Prasat Top, Monument 486)において調査研究をおこなっています。この事業は現地当局であるアンコール・シェムリアップ地域文化財保護管理機構(APSARA)と共同で実施しています。
 長年にわたる内戦の末、アンコール遺跡群をはじめとするカンボジアの多くの文化遺産は荒廃し、破壊や劣化が進行していました。カンボジア和平成立後の1992年にアンコール遺跡群はユネスコ世界遺産に登録されましたが、同時に「危機遺産」にも登録され、国際的な支援のもと、遺跡の保護活動がスタートしました。日本も当初から重要な役割を果たし、日本国政府アンコール救済チーム(JASA)、上智大学アンコール遺跡国際調査団、そして文化庁伝統文化課・奈良国立文化財研究所(当時)の3つの組織がそれぞれ活動を開始しました。さらには、フランスをはじめドイツ、イタリア、スイス、アメリカ、中国、インドなどこれまで世界の十数ヶ国がそれぞれ活動にあたり、さながら「修復オリンピック」の観を呈するまでになりました。その甲斐あって、 2004年には「危機遺産」の指定を解除されることになりました。しかしとりあえずの危機は脱したものの、すべての遺跡の保存が満足のいく状態になったかといえば、まだまだ不十分であるといわざるを得ません。特に、内戦以前に遺跡の保護に携わっていたカンボジア人専門家の多くがポルポト政権の下で虐殺されたため、カンボジア人の人材が不足しており、若い人材の育成には中・長期的な国際支援が必要です。
 西トップ寺院においても遺跡の崩壊は顕著です。南北の小塔は不同沈下を起こして外側に大きく傾き、倒壊する寸前です。中央祠堂の頂部には樹木が根を張り、これが2008年5月には崩落し、屋根の破風の一部が落下・倒壊する事態となりました。このまま何の手立てもせずに放置するなら、必ずや建物自体の致命的な倒壊につながるでしょう。奈良文化財研究所は西トップ寺院において調査研究を続けていくなかで、本格的な修復が必要であると常々考えていました。修復作業にはより大規模な体制・予算・装備が必要となります。しかし研究所単独でそうした事業をまかなうことは、とても無理かと思われました。


奈文研、(株)タダノ、(株)飛鳥建設による「チーム高松塚」の始動


(株)タダノから贈呈された機材:左からラフテラーン・ク
レーン、スーパー・デッキ、カーゴ・クレーン


現地での贈呈式(2008年6月)

 そうした中幸いなことに、四国の高松市に本社を置くクレーンメーカー・(株)タダノが、修復作業に使う機材を無償で提供してくださることとなりました。1つはラフテラーン・クレーンと呼ばれる自走式クレーン、1つはスーパー・デッキと呼ばれる高所作業車、そしてもう1つはカーゴ・クレーンと呼ばれるトラック搭載のクレーンの、計3台の機材です。(株)タダノは、私たち奈良文化財研究所が携わった奈良・高松塚古墳の石室解体において、石材を吊り上げるための特殊機器を開発しました。(株)タダノは現地にスタッフを派遣し、カンボジア人クレーン操縦士も養成する予定です。さらに石室解体を現場指揮した石工、左野勝司氏((株)飛鳥建設)も事業に参加してくださることとなりました。国宝の壁画を守るために石室解体を成功させた「チーム高松塚」が、ふたたびスクラムを組むこととなったのです。このチームは高松塚に先立って、チリ・イースター島にて倒壊したモアイ像を修復する事業に携わっており、国際的にも高い評価を受けています。
 2008年6月には現地で(株)タダノから本プロジェクト(奈良文化財研究所・APSARA)へ機材を引き渡す贈呈式が実施され、(株)タダノ・多田野宏一社長をはじめ、(株)飛鳥建設・左野勝司社長、APSARAのロス・ボラット氏といった方々に臨席いただき、奈良文化財研究所からは肥塚隆保・埋蔵文化財センター長(当時)が出席しました。
 奈良文化財研究所は国から支給される交付金によって運営されており、2010年度で第2期の中期計画(5ヵ年)を終了し、2011年から新たな中期計画が開始されます。第2期においては西トップ寺院の調査研究における予算はありましたが、修復に関する予算はついていませんでした。本格的な修復は、新たな予算がつく2011年以降となりますが、それまでにもやるべきことはたくさんあります。今こうしているうちにも遺跡の崩壊は進行しているので、応急処置的な修復作業を適時、実施していきます。また、原状の詳細な記録を作成し、解体修理をふくむ本格的な修復作業に備えます。

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