これまでの調査の概略
奈良文化財研究所によるタニ窯跡群遺跡の発掘(2000年) 西トップ寺院の発掘(2007年) |
奈良文化財研究所がカンボジアで事業を開始したのはカンボジア和平後間もない1993年のことです。文化庁伝統記念物課と奈良国立文化財研究所(当時)はアンコール文化遺産保護に関する研究協力事業を開始し、上智大学アンコール遺跡国際調査団と協力して、アンコール遺跡群のバンテアイ・クデイやタニ窯跡群の調査研究をおこないました。
2002年より奈良文化財研究所は、研究所独自の国際協力事業として、アンコール・シェムリアップ地域文化財保護管理機構(APSARA)と共同で西トップ寺院の共同調査を実施してきました。研究の目的として、1.遺跡探査、2.写真測量、3.石造建造物の劣化対策、4.発掘調査技術、5.修復技術、6.広域遺跡整備、の6項目が設定されました。またカンボジア人研究者を日本に招聘し、人材育成に貢献することも目的としています。
これまでの発掘調査では、建造物の周囲にいくつかの発掘区を設け、特に基礎地業の構造の解明に主眼をおいてきました。これは現況の建造物の強度を評価し、将来的な保存修復・遺跡整備をおこなううえでの基礎データとなるからです。カンボジアの石造建築物では、基礎地業には掘込地業と呼ばれる工法が用いられることが一般的と考えられます。掘込地業とは、いったん建物を建てる範囲を掘りくぼめ、そのなかを版築土や礫を混ぜた土で再び埋め戻すことで地盤改良する工法です。これは日本の古代宮都・寺院の建築に一般的にみとめられますが、アンコール遺跡群においても、プラサット・スープラ(11世紀末~12世紀前半)やバイヨン(12世紀末)で確認されています。また、基礎に緻密な砂を敷いた「砂地業」という工法も、バンテアイ・クデイ(12世紀末)の発掘で確認されています。
しかしこれまでのところ、掘込地業などの基礎地業の痕跡はみつかっていません。自然の地盤(地山)は現在の地表面のおよそ1~2メートルほど下で確認され、その上には盛土あるいは整地土層が人為的に積み上げられていると考えられます。この整地土層は脆弱であり、これが石造建造物の不同沈下の一因となっている可能性が高いでしょう。その整地土層から出土する中国陶磁の年代は13~14世紀頃のものが主体であり、この年代は建造物の年代を示すと考えられます。西トップ寺院の創建年代は9~10世紀頃と考えられていますが、これまでのところ、その頃の年代を示す遺物などはみつかっていません。
これまでの建築学的な調査では、中央祠堂・南北小塔・仏教テラスといった一連の建造物は、複数回の建て増しや改築によって段階的に作られたことが示されています。特に中央祠堂には紅色砂岩のリンテルや化粧刳形をもつラテライト石材がみとめられることから、創建当時の西トップ寺院はラテライトと紅色砂岩によって建築された小規模な建物が単立しており、その前身建物は後に砂岩製石材によって改修され、さらに南北小塔、仏教テラスが順次増築され、最終的に14世紀以降に現在の姿になったと考えられます。つまり、前身建物は現在の中央祠堂の内側に、入れ子状になって存在している可能性があるのです。
これまでは建造物の内部にいたる調査をおこなっていないので、本当に創建当時の前身建物が存在するという証拠は得られていません。しかし今後、修復作業において石材を解体していくなかで、その存在を確かめることができるかもしれません。今後の調査にご期待ください。
これまで発表された成果
これまで奈良文化財研究所は本プロジェクトの成果を報告書・紀要などで公表してきました。以下ではその一部を公開しています。タニ窯跡群、ソサイ窯跡群、カンボジア日本人町の調査など、関連する事業成果についても順次、公開予定です。
■Annual Report on the Research and Restoration Work of the Western Prasat Top Dismantling Process of the Southern Sanctuary II
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■西トップ遺跡調査修復 中間報告 南祠堂解体編2
[Annual Report on the Research and Restoration Work of the Western Prasat Top Dismantling Process of the Southern Sanctuary II] |
■Report on the Investigations of Royal Capital Sites in the Post-Angkor Period |
■ポスト・アンコール期遺跡に関する研究報告書
[Research Report on Royal Capital Sites in the Post-Angkor Period] |
■カンボディア・アンコール遺跡群西トップ遺跡の調査-第11次・第12次・第13次-(『奈良文化財研究所紀要』2011より) [Archaeological investigation of Western Prasat Top, Angkor, Cambodia (11th, 12th and 13th missions)] |
■カンボディア・アンコール遺跡群西トップ遺跡の建築調査-2010年度の成果-(『奈良文化財研究所紀要』2011より) [Architectural investigation of Western Prasat Top, Angkor, Cambodia, 2010] |
■カンボディア・アンコール遺跡群西トップ遺跡出土炭化木材の樹種と年代(『奈良文化財研究所紀要』2011より) [Identification and radiocarbon dating of unearthed charcoals from Western Prasat Top, Angkor, Cambodia] |
■西トップ寺院の建築調査-2009年度の成果-(『奈良文化財研究所紀要』2010より) [Architectural Investigation of Western Prasat Top, Cambodia,2009] |
■カンボディア・西トップ寺院の調査-第10次-(『奈良文化財研究所紀要』2010より) [Archaeological Investigation of Western Prasat Top, Cambodia (10th mission)] |
■カンボディア・西トップ寺院の調査-第9次-(『奈良文化財研究所紀要』2009より) [Archaeological investigation of Western Prasat Top, Cambodia (no. 9)] |
■西トップ寺院の現状(『奈良文化財研究所紀要』2009より) [National Research Institute for Cultural Properties,Nara] |
■西トップ寺院の建築調査-2008年度の成果-(『奈良文化財研究所紀要』2009より) [Architectural investigation of Western Prasat Top, Cambodia, 2008] |
■カンボディア・西トップ寺院の調査―第7次・第8次―(『奈良文化財研究所紀要』2008より) [Archaeological investigations of Western Prasat Top, Cambodia (7th and 8th missions)] |
■西トップ寺院の建築調査(『奈良文化財研究所紀要』2008より) [Architectural investigation of Western Prasat Top, Cambodia] |
■カンボディア・西トップ寺院の調査―第5次・第6次―(『奈良文化財研究所紀要』2007より) [Investigation of Western Prasat Top, Cambodia] |
■カンボディア・西トップ寺院の調査―第3次・第4次・第5次―(『奈良文化財研究所紀要』2006より) [Investigation of Western Prasat Top, Cambodia] |
■カンボディア・西トップ寺院の調査―第1次―(『奈良文化財研究所紀要』2004より) [Investigation of Western Prasat Top, Cambodia] |
■クメール瓦の製作技法(『奈良文化財研究所紀要』2004より) [Khmer roof tile manufacture techniques] |