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西安麺紀行

2020年11月

 最近、研究所の同僚が、奈良時代に小麦から作った手延べ麺を食べるのに使用した器の研究成果を発表しました(森川実「麦垸と索餅」『奈文研論叢』第1号、2020年)。日本の主食は古来から米である、というイメージに新たな光を当てました。日本の麺類が奈良時代まで遡るとなると、本場中国ではどのような麺類があるのかが気になります。以前、私は中国で麺の種類を知るために食べ歩いたことがありました。その結果は驚きばかりでした。調べたのは2005年から2008年にかけて、場所は陝西省西安市内の大衆食堂です。

 中国語で「麺」は小麦粉を意味します。ラーメンやうどんのような麺類は「麺条」と書きます。小麦は北中国おける主要な穀物で、この地域の主食は「麺条」のほか、中華まんのような「包子」、餡の無い白パンの「饅頭」、クレープやホットケーキに似た「餅」などがあります。

 本題の麺類を紹介します。最初に形に注目してみましょう。西安でも長い紐状の「麺条」が主流です[写真1・2]。麺の太さは様々です。かわったところではワンタンのように薄く正方形にちかい「揪麺片」があります[写真3]。近年人気の「ビャンビャン麺」もこの仲間です。また、ベルトのように幅があり長さが1m以上もある「褲帯麺」をみたときは驚きました[写真4]。きしめんの親戚かもしれません。タカラガイ(宝貝)のような形をした「麻食」は「麺条」でも「麺片」でもなく「麺子」とでも分類するのがよいでしょう[写真5]。

 形の違いは作り方と関係します。西安でみる一般的な「麺条」は生地を薄くのばしたあと包丁で細く切る切り麺です。しかし、今はほとんど機械でつくります。「褲帯麺」は棒状の生地を綿棒で薄く伸ばしたあと、両端を手でもって伸ばしていきます。「揪麺片」の「揪」はつかんで引っ張る、ちぎるという意味で、ベルト状にした生地を手で均等な大きさにちぎって作ります。「麻食」は豆のような生地を親指の腹で押すとコロコロとできあがります。

 つぎに味付けです。日本ではスープにこだわるラーメン店がもてはやされていますが、西安では汁(スープ)なし麺のほうが主流です。挽肉の甘味噌餡「炸醤」と炒り卵とトマトの餡「西紅柿鶏蛋」の合いがけ麺[写真1]、激辛味付けラー油をかけた「油溌麺」[写真2]などが代表的です。「油溌」、「炸醤」、「西紅柿鶏蛋」の3種類は定番の味付けでいろんな形の麺類にぶっかけて楽しみます。少数派ですがラー油と黒酢の汁かけ麺である「岐山臊子麺」もあります[写真6]。こちらは通好みの味付けです。

 ここで紹介した麺類はあまたある中国麺類のごく一部、日本人が知らない麺類ばかりです。汁なし麺の起源はどこまで遡るのでしょうか。奈良時代の麺が汁ありか、汁なしか、はたまた全く別の食べ方だったのか。本場の麺類の知識をもって奈良時代の麺の姿を想像すると、歴史の研究も深まりなによりおいしく楽しくなること請け合いです。

 

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写真1 「炸醤西紅柿鶏蛋麺」炒り卵トマト餡と挽肉甘味噌餡の合いかけ 色どりも味も最高です

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写真2 「油溌麺」混ぜて食べるとトウガラシの微塵切りが口の中でジャリジャリします

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写真3 「揪麺片」(ビャンビャン麺) 麺だとおもって啜ろうとしてもできません。
油断すると麺がビャンビャンおどって服に餡が飛び散ります

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写真4 「褲帯麺」あっさり味の汁に入って出てきますが手前のつけだれにつけて食べました

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写真5 「麻食」イタリアのコンキリエに似ています あまり見かけないレアものです

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写真6 「岐山臊子麺」「岐山麺」とも呼ばれ西安独特のすっぱ辛い「酸辣」味の汁かけ麺
西安よりやや西にある田舎町岐山県の名物です

(都城発掘調査部考古第三研究室長 今井 晃樹)

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