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カザフスタンで蘇に出逢う

2020年10月

 今春、新型コロナウイルス感染症の影響で、学校給食の牛乳が行き場を失ってしまった、というニュースをお聞きになった方も多いかもしれません。そんな中、自宅でも簡単につくれる乳製品として、静かなブームを呼んだものがありました。それが、「蘇(そ)」です。蘇は、奈良時代から平安時代にかけて、日本でつくられていたことが記録にのこる乳製品です。その作り方は、平安時代に書かれた『延喜式(えんぎしき)』や、中国の書物である『斉民要術(せいみんようじゅつ)』の記述を参考にすると、どうやら、牛乳を煮詰めて濃縮させ、固形状にしたもののようです。現代風にいいますと、キャラメルに似ています。実は私も、外出できない大型連休の間、自宅で生キャラメルづくりを楽しみました。長時間煮詰める作業に癒し効果がある、というインターネットの記事を見ましたが、やってみて納得です。しかも、とても美味しく、家族も喜ぶという、いいことづくめです。

 それはさておき、この「蘇」に似たものを、カザフスタンでひょんなことから見つけた、というのが今回のお話です。奈良文化財研究所では、2019年度より文化庁の委託により、「カザフスタンにおける考古遺物の調査・記録・保存に関する技術移転を目的とした拠点交流事業」を実施しています。首都のヌルスルタンにあるカザフスタン共和国国立博物館をカウンターパートとして、様々な日本の技術をカザフスタンの文化財・文化遺産の保護に生かして頂けるような技術移転を目的とする事業です。その一環として、2019年11月には現地での研修のため、ダイヤモンドダストの輝くヌルスルタンへと渡航しました。

 異文化コミュニケーションには、相手の文化に敬意を持つこと、そして理解しようとすることが、なによりも必要です。そんな大義名分をかかげつつ、好奇心も相まって、私たちは業務の傍ら、この国の人々がどんなものを食べているのかを、ユーラシア・バザールという大きな市場で見学することにしました。バザールでは、カザフスタンの多様な食材・食文化に触れることができました[写真1]。馬や牛の塊肉の大きさに圧倒されたのはもちろんですが、乳製品の豊富さも特筆に値します[写真2]。日本ではまずお目にかかれない、ラクダの乳で作ったクルット(団子のような乾燥チーズ)などは、興味をかきたてられてすぐに購入しました。

 商品を買ったことで売り場のご婦人がご機嫌な様子なのをいいことに、そのお店で売っている他の商品について、かたっぱしから質問をすることにしました。そのうちに、不思議なものが目にとまりました。キャラメルのような黄土色の塊で、スポンジのような生地の物体です[写真3]。無造作にビニール袋に入れられていたこともあって、正直あまり美味しそうには見えませんでしたが、作り方をきいてびっくりです。「イリムシック」と呼ばれるこの乳製品は、牛と羊の乳をまぜて長い時間お鍋で煮込み、砂糖などを加えて仕上げるものだというのです。砂糖を入れることや羊の乳が入るところは細かく言えば蘇とは違います。しかし、日本から6000km離れたこの異国の地で、思いがけず共通するものを見つけたことは、大きな喜びでした。

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[写真1]カザフスタンの首都ヌルスルタンのユーラシア・バザールの活気あふれる様子。

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[写真2]
ユーラシア・バザールの一角にある売店。奥に様々な乳製品が並びますが、手前にあるのはキビを砂糖と混ぜてかためたカザフ版「きびだんご」。似て非なるものながら、日本人としてはついつい親しみを感じてしまいます。

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[写真3]カザフ版「蘇」、と言えるかもしれないイリムシック。見ての通りのスポンジィな食感ですが、咬むとジューシーで濃厚なミルクの味が口いっぱいに広がりました。

(企画調整部国際遺跡研究室長 庄田 慎矢)

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