2020年9月
およそ2000年前の中国には、国営郵便局が設置されていました。古くは始皇帝時代の出土木簡から、その郵便事情をうかがい知ることができます。今回は、漢代後期の興味深い事例を紹介します。
●2000年前の郵便伝票
現代日本の日常生活で目にする郵便伝票のようなものが、中国甘粛省の砂漠から出土しました。この伝票と思しきものは、漢代の国営郵便局「懸泉置」という施設で作成されたもので、現代のように紙に書かれたものではなく、木簡に記されています(図1左図)。
入西板檄二冥安丞印 一詣樊掾治所 元始四年四月戊午縣泉置佐憲受魚離置佐蹏卿 即時遣即 行
入西板檄二冥安丞印 一詣府
(西に送る板檄2通。冥安県丞の封印。1通は樊掾治所宛て、もう1通は敦煌太守府宛て。
元始4年4月戊午の日、懸泉置佐の憲が魚離置佐の蹏卿より受領し、すぐに次の郵便局に送った。)
この伝票には、逓送する文書の種別、発信と宛先、受け渡しの日時と担当者等の情報が記録されています。その後、上級機関で伝票を集計し、管轄区域内をどのくらいの速度で逓送したかを算出していました。もしも、法律で決められた速度よりも遅く逓送した場合、訓告処分や罰金が科せられることもありました。
このような伝票は、甘粛省以外の遺跡からも大量に出土しています。さらに驚くべきは、各地の郵便局で、いずれもほぼ共通したフォーマットが使用されていたことです(図1右図)。
●複写式?伝票の発明
現代中国には「上有政策,下有对策」(上に政策あれば下に対策あり)という言葉がありますが、古代中国もどうやら同じ状況だったようです。
現場の業務をコントロールしたい政府と、逓送の遅れを隠蔽したい現場とのせめぎあいの果てに、上記の伝票に改良を加え、複写式の伝票が発明されました。「複写式」とはいっても、現代のようにカーボン紙を使用したものではなく、「割符」の原理を利用したものです。
従来の伝票は、長さ23cm、幅1cm、厚さ1cmほどの木材を使用し、まずその表と裏にそれぞれA局とB局との受け渡しの詳細を記します。つぎにその木片を縦半分に分割し、表をA局で、裏をB局でそれぞれ保管していたと考えられています。
「複写式」は、ここでさらにひと手間を加えます。表裏分割の前に、木簡の側面に受け渡しの時刻を記し、その後分割して、A局とB局でそれぞれ保管する方式です。(図2)
そうすると、A局には側面受け渡し時刻の左半分の文字が記された伝票が、B局には右半分の伝票があることになります。例えば、A局で表面の受け渡しの時刻を削り取って、自分たちにとって都合の良い時刻に改竄しても、B局に保管されている木簡の側面の文字に合わないため、改竄が発覚します。この画期的な発明は、「不正が頻繁にあった」という事実の裏返しでもあります。
今回紹介した郵便の原理や発明は、はるか2000年前のできごとです。しかし、古代人の創意工夫や人間くささは、いまのわたしたちにとっても共感できるところがあるのではないでしょうか?
図1 中国古代の郵便伝票
(左図:懸泉漢簡ⅡT0214①:125 右図:伝票のフォーマット)
図2 複写(割符)形式の郵便伝票
(都城発掘調査部アソシエイトフェロー 畑野 吉則)