奈良文化財研究所に関するさまざまな情報を発信します。

巡訪研究室
(12)都城発掘調査部(平城地区)考古第三研究室

・瓦礫の山
 瓦礫(がれき)とは建物の崩れた残骸のことを意味します。平城宮や平城京の寺院を発掘すると、写真にあるように多量の瓦が出土します。これらは、当時の人々が使えなくなって捨てたゴミです。私たちはゴミを研究していると自負!しています。さて、何ゆえに瓦を専門に扱う研究室が独立しているのでしょうか。それは、遺跡から出土する瓦の量があまりにも膨大だからです。どのぐらいかといいますと、広さ1000平方メートルほどの遺跡を発掘調査した時の瓦の出土量は、平城宮の大きな建物がある場所では2トンほど、南都の大寺院では10トンを超えることもあります。これらをすべて水洗いし整理して保管しなければなりません。多く人手と時間、そして保管場所が必要になります。

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平城宮内に捨てられた多量の瓦片が出土したようす 瓦を収納した箱の重量はひとつ30㎏ほど。このような箱は1000を超えています
・泥中の蓮
 博物館や資料館に展示されている瓦は形もよく美しいですが、発掘調査で出土する瓦のほとんどは破片です。出土したてのホヤホヤは泥にまみれて形もわかりません。出土した瓦は発掘現場から整理室に運んで水洗いをします。暑くなると、瓦についた泥がガチガチに固まって落ちにくくなりますが、タワシなどでゴシゴシしてはいけません。1000年以上も土に埋もれていた瓦はとても脆くなっています。水に浸けて泥を柔らかくしてから柔らかいブラシで丁寧に落とします。とくに紋様の部分は繊細なので筆をつかって優しく撫でていきます。そうすると、いにしえの植物紋様が浮かび上がってきます。まるで泥中に咲いたハス(蓮)を見るような思いです。合掌!

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瓦片を水に浸けて泥を柔らかくします 筆で優しく撫でると泥の下から軒平瓦の唐草紋様がみえてきました
・最古のコピー術
 軒瓦とは屋根の軒先に葺く瓦で、さまざまな紋様があります。紋様を絵に描くのは大変なので、瓦の研究では一般に拓本を利用して紋様を写し取ります。拓本は遅くとも中国の唐代には普及していた歴史のあるコピー術です。フィルム写真は拓本にくらべて格段の情報量を有しますが、時間と費用がかかるため膨大な数の資料を全点記録するには現在でも墨と紙を用いる伝統的な拓本が有効です。

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紙に浮き出た紋様を墨で写し取っていきます
拓本に使用する道具はほぼ手作りです

・立体物を2次元で記録
 出土した瓦を研究資料とするためには、拓本や写真による記録だけでなく実測という方法をつかって瓦の大きさや形を記録しています。実測では、瓦の輪郭や目ではわかりにくい厚さなどを把握するために、定規とコンパスを用いて平面図や断面図を原寸大で作成します。瓦は平らな場所に置いて使用するものではないため、実測時には安定して瓦を据えることが難しく試行錯誤が必要な作業のひとつです。

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紋様の凹凸を真弧(まこ)という道具で型取ります 紋様の凹凸を方眼紙に鉛筆で丁寧に写し取ります

・瓦のID化と膨大なデータベース
 紋様がある軒瓦、鬼瓦、文字を記した瓦など、研究上重要な情報をもつ瓦は、遺跡名、出土地点、出土年月日、その他必要な情報を書き込み拓本や写真を貼り付けて、資料カードを作成します。このカード作成、いいかえれば瓦のID化が研究の出発点となります。つぎに、このカード情報をコンピューターのデータベースに入力していきます。2020年現在、その資料数は10万点をすこし超えたところです。データベースができると、同じ紋様の瓦がどこから出土しているか、ひとつの遺跡でどれほどの種類の瓦が出ているかなどが、瞬時に分かるようになります。

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出土情報は墨で瓦に直接書き込みます
墨は千年たっても消えません
資料カードにはあらゆる情報を集約します

・デジタル技術と3D計測
 近年、デジタル技術が進歩し考古学もさまざまな分野で取り入れています。写真もフィルムからデジタルに移行しました。デジタルカメラは3次元情報を有しているので、それを利用して瓦の3D(3次元)計測を始めました。ひとつの瓦をあらゆる方向から撮影したのち、コンピューターソフトですべての写真を合成します。完成した立体画像は瓦の大きさが分かるだけでなく断面図も描くことができ、軒瓦や鬼瓦の複雑な紋様も正確に記録できます。3D計測はこれまでの拓本、写真、実測といった記録方法を一括して行うことができるという点で画期的な技術です。

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さまざまな角度から瓦の写真を何十枚も撮影します コンピューターが多量の撮影した写真を自動で合成してくれます

・軒瓦の紋様の照合
 軒瓦の紋様はひとつひとつ手で彫るのではなく、笵(木型)を使って同じ紋様の瓦を何百と製作していました。出土した軒瓦を整理していくと、同じ紋様がたくさんあることに気づきます。これまでは軒瓦の紋様の見本棚を作成し、出土した軒瓦の破片がどの紋様と同じかを1点1点照合し目で判断してきました。最近は、作成した3D画像をパソコン上で照合作業できるようにするための研究を始めています。 紋様の照合作業を積み重ねていくと、同じ紋様の瓦が何キロメートルも離れた遺跡で発見されたとき、遺跡同士の関係を知ることができるのです。例えば、同じ紋様の瓦は作られた時期が限られますので、同じ紋様の瓦が異なる遺跡で出土した場合には、それらの遺跡はほぼ同時期に存在していたことがわかります。また、軒瓦がどこで作られ、どこまで流通していたのかも知ることができるのです。瓦から歴史を復元していく作業です。

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同じ紋様を大量につくるための笵(木型)
軒瓦は古代、笵は現代のものです
蓮の花弁や珠紋の数だけなく大きさや形、紋様どおしの間隔などを比較していきます

・瓦礫に花を咲かせましょう
 私たちは昔の人々が捨てた何トンものゴミを集めて調査研究対象とすることで、いまは失われた宮殿や寺院の屋根の風景を復元したり、瓦の生産と流通が時代ごとにどのように変化したのかなどを研究しています。拓本や実測といった伝統的な方法だけではなく、3D計測など最新の調査方法も導入して、今後とも歴史のさまざまな様相をあきらかにしていきたいと思います。これはまさに瓦礫を宝物に替える作業なのです。こうした地道な調査研究をどうぞあたたかく見守ってください。

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