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いま長屋王家木簡を見直そう!

2020年3月

 このコラムのタイトルにもなっている作寶樓の主、長屋王(676?-729)に関わる長屋王家木簡35,000点の発見(1988年)から、もう30年以上が経ちました。発掘調査によって住人を特定できた稀有の事例で、それも木簡の発見があればこそでした。
 長屋王家木簡は、平城遷都直後の710年から717年頃にかけてのもの。発見の直後にその倍以上の74,000点に及ぶ二条大路木簡が一連の調査で見つかり、その後平城宮東方官衙の10万点規模の発見もあったため、長屋王家木簡発見の衝撃が忘れ去られている節もありますが、その意義は高まりこそすれけっして小さくなることはありません。

 長屋王家木簡と二条大路木簡の整理・解読に従事してきた私自身、よく両者を比べて考えたものです。初めに担当したのが二条大路木簡の整理で、報告書の原稿も執筆しましたので、最初は点数が多く、さまざまな役所に関わる木簡を含み、全国各地からの租税の荷札の宝庫でもある、ヴァリエーション豊かな二条大路木簡に魅かれました。平城宮木簡以上に平城宮木簡らしい、と逆説的な表現をしたりしたものです。勉強していた正倉院文書ゆかりの光明皇后に関わる木簡群であるのにも縁を感じましたし、そこで顔なじみだった写経生の前身の姿に出会って旧交を温めたのも愉しい思い出での一つです。
 しかし、二条大路木簡は、内容に無限といってもよい広がりがありますが、誤解を恐れずに言えば、所詮平城宮木簡の延長上に位置付けられるに過ぎません。これに対し長屋王家木簡は、長屋王という一貴族の家政に関わる他に全く類例のない孤高の資料群です。
 内容的には、食料支給切符としての役割を果たした伝票木簡と呼ぶ定型化した木簡が主体で、木簡としてのヴァリエーションは二条大路木簡には適いません。広く浅い二条大路木簡に対し、長屋王家木簡は狭く深いと表現できるでしょう。二条大路木簡の広がりは、ある意味取り止めがないですが、長屋王家木簡は枠組みがきっちりと定まっているのです。

 そのことを端的に示すのが、両木簡群が見つかった場所です。長屋王家木簡は、平城京左京三条二坊八坪東辺、長屋王の屋敷の東門のすぐ内側に掘られた南北溝状の遺構の遺物です。屋敷内のゴミであるのは明らかで、住人を特定する動かぬ証拠になります。これに対し二条大路木簡は、同じ八坪北辺の築地塀の外側、二条大路という公道上の南北両端に掘られた東西に長い濠状の遺構の遺物です。木簡の内容から使用・廃棄元の目星がついたとしても、それが具体的にどこなのか、遺跡とリンクさせるのは容易ではありません。
 長屋王家木簡と二条大路木簡は同じデパート建設に伴う発掘調査で見つかった木簡群で、しかも出土遺構が近接しているため、ともすれば一括して扱われてしまいがちです。しかし、似ているのは点数の厖大さと、両端の閉じた溝(濠)状の長大なゴミ穴という遺構の形状だけで、時期も内容も、また当然ながら使用・廃棄元も全く異なります。


 残念ながら、この場では長屋王家木簡の魅力を具体的にお伝えする余裕はありません。その一端は最近刊行の『木簡 古代からの便り』(奈文研編、岩波書店刊)をご参照いただくこととし、長屋王家木簡の意義についてあと一言だけ触れておきたいと思います。
 長屋王の家政機関は一貴族の個人の家政運営に関わるものですが、そこで働いているのは国の役人。つまり、長屋王家の家政運営は、律令国家の国政運営のミニチュア版といえます。広がりが明らかでなく、そのなかでの位置付けも明瞭でないまま、一場面を切り取って見せてくれるに過ぎない平城宮跡出土の木簡に対し、長屋王家木簡はコンパクトに定まった枠組みの全体像のなかで、個々の木簡を読み解くことが可能なのです。このことは平城宮木簡の断片的な情報の位置付けを考える上で重要なてがかりになります。
 このように平城宮木簡の相対化を可能にするという意味では、長屋王家木簡は孤高の木簡群ではあっても、けっして孤立した木簡群ではありません。日本の木簡研究が長屋王家木簡の呪縛から逃れるのはまだまだ容易なことではないでしょう。

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【写真1】発掘調査中の長屋王宅(南東から)。長屋王家木簡は右下の橋のたもと付近から北に延びていた遺構、二条大路木簡は近鉄線線路の両側にあった東西方向の遺構から見つかった。遠景は平城宮跡。この写真だけで全国出土木簡約50万点の半数の出土地をカヴァーしていることになる。

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【写真2】長屋王家木簡の削屑の一例。削屑の残りのよさは長屋王家木簡の大きな特徴の一つ。「菩提一人」「犬四頭」とあるのは、いずれも米支給の伝票木簡(食料引換切符)の被支給者部分の削屑。左上の木目と直交する方向に書かれた削屑は、日ごとの伝票木簡の発行控えにあたる帳簿木簡の削屑。木簡によるシステマティックな食料支給管理のあり方には目を瞠るものがある。

(副所長 渡辺 晃宏)

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