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時刻表9百キロ

2020年3月

 『時刻表2万キロ』という本をご存知ですか。『中央公論』の名編集長と謳われた宮脇俊三さんが、国鉄全線およそ2万キロ完乗の旅をつづった紀行文で、鉄道紀行を初めて文学作品にまで高めた名作です。私も鉄道旅行が好きで、学生時代からいろいろなところに出かけていました。1979年に四国全線約9百キロを完乗した時に、宮脇さんのように紀行文を綴ったことがあります。

 「これから乗ろうとしている小松島線は、中田駅-小松島駅間の全長1.9キロの国鉄最短線区だ。9時26分発の小松島港行きは阿波池田からの「急行よしの川2号」で、県内を横断し、徳島から快速列車となって直通してくる。到着にはまだ間があるので、駅弁を買う。朝からまだ何も食べていない。この小松島線はなかなか面白い線区で、終着駅が仮乗降場である。そもそも小松島線の使命は、和歌山-鳴門間の南海フェリーとの連絡で、小松島駅の構内に仮の駅を設け、乗客に便宜を図っている。両駅間は、200メートルほどしか離れていない。網棚の土産物の山から予想したとおり、乗客はほとんどが小松島港駅で降りた。記念に入場券を求めたら、小松島港駅で買ったのに、小松島駅の入場券だった。それでは面白くないので、帰路の車内で「乗車券は持っています。徳島まで行くのですが、記念に小松島港駅発の切符が欲しいのです。」と言って四国周遊券(※1)を手渡した。すると車掌は、こんな物は初めて見る、という顔でしげしげと眺めた後、「これで行けるだろう。」と言って去って行った。この後徳島まで、車掌は二度と現れなかった。」

 鉄道は、日本の近代化や技術の発展を示すものとして、車両そのものが重要文化財として指定されているものがあります。また、かつては豊富な木材資源を運び出すために、日本各地に多くの森林鉄道が敷設されていました。その風景は、「ゆずが香り彩る南国土佐・中芸地域の景観と食文化」などとして、各地の貴重な文化財として保存と活用の努力が続けられ、奈文研の職員もお手伝いしています。

 今回ご紹介した小松島線は、1985年に廃止となりました。その後40年の間には、日本の風土や社会は大きく変化しました。多くの地方でローカル線が廃止されたり、廃止の危機に瀕したりしています。図1で示した駅は、全て今はありません。近年の日本の都市集中と画一化を象徴しているようです。けれど、まだ遅くはありません。鉄路の旅では、日本各地で育まれてきた多様な文化や景観に、直接ふれることができます。列車に乗ったら、スマホの画面からちょっと目を離して、流れゆく車窓の風景を眺めてみませんか。

(※1)国鉄が発売していた特別企画乗車券。「ゾーン券」と往復の乗車券がセットになっており、ゾーン内の鉄道とバスの線区では、普通車自由席に何度でも乗車することができました。

 

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図1 「盲腸線」と呼ばれる行き止まり駅の入場券(同好の士の兄とともに集めました。)

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図2 近鉄京都線の澱川(よどがわ)橋梁
(1928年に完成した、長さ160メートルあまりの日本一長い無橋脚のトラス橋です。国の登録有形文化財で、電車は速度を落として宇治川を渡ります。)

(都城発掘調査部部長 玉田 芳英

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