奈良文化財研究所に関するさまざまな情報を発信します。

バクテリアがつくる顔料

2020年2月

 日々の生活の中で、道路の側溝や水路の排水口に、褐色の沈殿や鉄サビ色の泥が流れたような痕跡を目にしたことはないでしょうか。例えば、図1の写真は、私が毎日通勤ルートで見かけてきたものです。

 この褐色の堆積こそ、バクテリアがつくる顔料「パイプ状ベンガラ」の原料です。

パイプ状ベンガラは「ベンガラ」という赤色顔料の一種です。古代より日本で使用された赤色顔料にはベンガラ、水銀朱、鉛丹の3種類があります。このうち最も古くから使われていたのはベンガラです。北海道の約1万7千年前の遺跡からは、ベンガラが付着した台石を含む、顔料生産の関連遺物が発掘されています※1)。

 ベンガラとは鉄の酸化物であり、一般的に赤鉄鉱を粉砕したり、黄土を加熱したりすることで得られます。しかし、今回紹介するベンガラは、原料が鉄バクテリアに由来するため鉱物由来のベンガラと区別され、その粒子がパイプ状であることから、文化財の世界では「パイプ状ベンガラ」と呼ばれています。パイプ状ベンガラは、全国の遺跡から出土しており、縄文時代の土器や装飾古墳をはじめ、本研究所のある奈良県では、黒塚古墳の粘土棺床※2)や、尼寺廃寺の塔の礎石上などで確認されています※3)。

 鉄バクテリアは土壌中や水中に生息し、水に含まれる鉄イオンを酸化し、その際に発生するエネルギーを使って生きる微生物です。鉄バクテリアが作り出す鉄の酸化物が、私たちも日常生活の中で見かける褐色の堆積であり、実際に焼成すると赤色の顔料を作ることができます(図2左上)。また、走査電子顕微鏡で観察すると、ストローのようなパイプ状の粒子を確認できます(図2)。

 ちなみに、私の通勤ルートにあったパイプ状ベンガラは、コンクリート塀の隙間から数年間の歳月をかけて、少しずつしみ出し続けたものと思われます。毎日、その堆積を見守っていたのですが、あるとき突然、落書きを消すかのように灰色の塗装が上から塗られてしまい、その成長を見ることができなくなってしまいました。

 この出来事からすると、パイプ状ベンガラの堆積は、残念ながら一般的に「汚れ」として扱われるものなのかもしれません。しかし、古代から使われてきた顔料の材料が身近にあると思うと、わくわくしませんか?

 人に無害なものですし、取り去ってもまた自然に堆積しますので、道端で見つけたら成長を見守ってあげてください。

 

参考文献
1)福井淳一,越田賢一郎,「柏台1遺跡」,一般国道337号新千歳空港関連工事用地内埋蔵文化財発掘調査報告書,北海道埋蔵文化財センター調査報告書第138集,1999
2)奥山誠義,今津節生,「黒塚古墳の棺床に分布した赤色顔料の分析」,『黒塚古墳の研究』,奈良県立橿原考古学研究所,八木書店,2018
3)北野信彦,「尼寺廃寺出土遺物に付着した赤色顔料に関する調査」,『香芝市文化財調査報告書4:尼寺廃寺1』香芝市二上山博物館,香芝市教育委員会, 2003
 

sahorou20200203_1.jpg

図1 パイプ状ベンガラの堆積

sahorou20200203_2.jpg

図2  SEM(走査電子顕微鏡)で観察したパイプ状粒子の様子(×4000)
(左上:焼成したパイプ状ベンガラ)

(飛鳥資料館 学芸室 アソシエイトフェロー 荻山 琴美)

月別 アーカイブ