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破魔矢と古代の矢

2020年1月

 新年明けて、令和2年となりました。今年の正月は、どのように過ごされたでしょうか。

 正月になると、平城宮跡や藤原宮跡では凧揚げに興じる親子の姿をよく見かけます。独楽回し、羽根つき、双六に福笑い、遊びのなかには王朝年中行事に由来するものがあることはよく知られています。しかし、こうした遊びを目にすることも、めっきり減りました。それでも、初詣には多くの人が出かけ、おみくじを引き、お守りを手にしたのではないでしょうか。そして、破魔矢(はまや)を手にした人も少なくないでしょう。

 破魔矢にはさまざまな形がありますが、破魔矢の先端をよく見てください。矢柄(やがら)の途中で切断されたような形状もありますが、なかには矢の先端に鏑(かぶら)状あるいは台形状の木製の鏃(やじり)がついていて、その先端が平らになっているものがあります。

 破魔矢は、魔除けの縁起物。諸説ありますが、正月におこなわれた弓の技量を試す射礼(じゃらい)に由来するともいわれています。現在でも、神社によっては蟇目(ひきめ)神事や蟇目の儀といった神事がおこなわれています。そこで使用する矢は的矢(まとや)の一種で、矢の先端に、尖った鉄製の鏃ではなく、木製で先端が平らな神頭(じんどう/蟇目)をつけます。射抜くのではなく、射当てるわけです。

 こうした矢は古墳時代には認められず、確実なところでは、7世紀の事例がもっとも古いと思われます。藤原宮跡、奈良県明日香村の飛鳥池遺跡や石神遺跡では、7世紀の木製神頭が出土しています。側面に孔が開いていて、射ると音が鳴るものが主流だったようです。

 四季折々の諸行事は古来の風習をよく残しています。そうしたことをより深く知ることで、正月の縁起物もまた違ったふうに見えるかもしれません。


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木製の神頭(奈文研2019『木器集成図録―飛鳥藤原篇Ⅰ―』より)

(都城発掘調査部考古第一研究室 和田 一之輔

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