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中国西安の瓦調査から

2019年12月

 20年ほど前、中国の西安で、前漢の長安城の瓦を調査しました。当時、平城宮の瓦を研究していた私は、長安城の瓦から何ともいえない違和感を覚えました。その違和感は何か、しばらくして気づきました。文様の笵の違いです。長安城の軒瓦は、日本と同じく、文様をかたどった笵を粘土に押して文様をほどこしています。違いは笵の素材です。古代においては、日本では木製の笵が一般的でしたが、西安周辺では、焼き物の笵、陶製笵を使用していました。

 笵の素材の違いが、瓦の文様に与える影響は何でしょうか。木製笵の場合、文様を直接、木に手彫りするため、全く同じにはなりません。文様を彫りつける際の微妙な手元の狂いまで正確に見分ければ、同じ一つの笵から作られた製品を判別(同笵認定)できます。

 さらに、木製笵を使い込んでいくと、少しずつヒビ(笵傷)が増え、徐々に広がり、ついには割れて使えなくなります。途中で笵の一部を彫り直し、文様を少し変えることもできます。こうした笵の変化(笵傷進行)は瓦に写し取られ、細かく観察すればその変化の順番、つまり同笵瓦の製作順序が分かります。さらに、木製笵はあまり長持ちせず、使用期間が限られるため、同笵瓦の年代を比較的短期間に絞り込めます。

 こうした木製笵の特徴から、私たちは平城宮の軒瓦の年代をおよそ5~15年単位、9時期に区分しています。このほか、笵傷進行から瓦の作り方の移り変わりを見分けるなど、さまざまなことが分かります。日本の瓦研究は、同笵認定や笵傷進行などから得られる情報により、非常に精緻なレベルにまで達しています。

 一方、陶製笵の場合はどうでしょう。中国の陶製笵は、さらに原型が存在し、一つの原型から複数の笵を作ったと考えられています。つまり、全く同じ文様に見えても、同じ一つの笵から作ったと認定するのは困難です。また、陶製笵は木製笵より堅く長持ちするため、長期間使えるうえに、割れるときは急なので、笵の変化が瓦に現れにくいと考えられます。陶製笵は、木製笵ほど細かく年代等を知ることが難しいのです。

 私が20年ほど前に西安で覚えた違和感は、こんなところにありました。笵の素材の違いは、瓦から引き出せる情報の違い、ひいては瓦の研究手法の違いにも大きく影響します。ところ変われば・・・。日中の瓦やその研究の違いを、身にしみて感じたことを思い出します。


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写真1 前漢代の西安周辺の瓦
(『漢長安城桂宮-論考編-』奈文研学報第85冊 図版3-135)

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写真2 平城宮の瓦(中央やや下に横方向に笵傷)

(都城発掘調査部考古第三研究室長 清野 孝之)

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