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古代建築部材に隠れた大工の技

2019年12月

 奈良には建てられてから1200年を超える古代建築がたくさん残っています。これらの古代建築は主に木造で、見るたびに私はその全体の雄大さに心を癒されます。

 ところで、電動工具がない古代に、これらの建築の部材はどのようにして製材されたのでしょうか? 山に生えている原木は、伐採ののち製材することで、建築の柱や梁、組物などの部材に生まれ変わります。

 最初におこなうのは、部材に穴などを掘る鑿(のみ)という道具を原木に打ち込んで割り裂く、打割(うちわり)と呼ぶ技法で部材を得る作業です。原木を繊維方向に割り裂くため、割れた面は粗く、部材の見える面としてはまだ使えません。

 次に、この割れた面を平らにする作業で活躍するのが斧です。斧は、刃の向きと柄との関係から、横斧(よこおの)と縦斧(たておの)に分けられます。刃の向きが柄と直交するのが横斧(いわゆるチョウナ)で、刃の向きが柄と並行するのが縦斧(いわゆるオノ・ヨキ)です(図1)。古代の斧の使用方法について記した文献資料はなく、斧を用いる建築部材の加工作業が確認できるのは、『当麻曼荼羅縁起』という13世紀中頃の絵画資料が最古です。しかし、古代の斧の刃先にあたる金属部分が発掘調査で数点出土しており(図2)、また出土する建築部材(図3)や現存する古代建築に残る刃痕から、刃幅の大きさや形状、使い方を復原できます。このような復原から、奈良時代では、主に横斧を用いて部材の表面を平らにしていたことを確認できます。

 横斧を用いて粗い面をある程度平らに加工できますが、部材の見える最終的な表面加工まではできません。部材の見える面は、さらにヤリガンナという道具を用いて、平滑に仕上げる必要があります。ヤリガンナを使うと、斧の加工痕跡は消えてしまいますが、部材の見えない面は、ヤリガンナによる加工をせずに、横斧による加工に留める場合がほとんどです。

 現在、平城宮跡第一次大極殿院南門の復原工事が進められており、建物全体の復原はもちろん、部材の加工方法も復原されています。5月と11月には工事現場を公開しています。そこでは、大工さんたちが横斧やヤリガンナを用いた加工の実演をおこなっています(図4)。年に2回の公開ですが、ぜひ第一次大極殿院南門の復原工事現場で大工道具の刃痕を比較してみてください。刃痕は見えにくいですが、斜めから懐中電灯の光をあてると浮かび上がってくるはずです。また平城宮跡以外でも文化財建造物の修理工事現場が公開される場合もあり、建っている状態では目にすることができない建物の内部や構造を見学できます。

 部材に残る刃痕が、古代の工匠たちの技を無言で語っていると私はいつも思います。一つ一つの刃痕に隠されている1000年前の工匠たちの息づかいを感じることができれば、手作りの醍醐味を満喫でき、建造物や建築部材を見る楽しみも倍増します。第一次大極殿院南門復原工事現場は、私が自信をもっておすすめする奈良の新しい歴史体験スポットです。


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図1 横斧と縦斧の模式図


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図2 発掘調査で出土した8世紀中頃の横斧(平城京左京三条一坊一・二坪の井戸SE9650出土)

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図3 西大寺旧境内出土部材にみえる横斧の加工痕跡(8世紀中期以前)


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図4 復原した古代の大工道具を用いた実演の様子(平城宮跡第一次大極殿院南門復原工事の特別公開にて)

(都城発掘調査部アソシエイトフェロー 李 暉)

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