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巡訪研究室
(5)埋蔵文化財センター 保存修復科学研究室

はじめに 遺跡からは木簡などの木製遺物をはじめ、銅銭などの金属製遺物、石製遺物、土器、瓦などの多様な遺物が出土します。こうした出土遺物は非常に脆弱な物が多く、取り扱いには細心の注意が必要です。保存修復科学研究室では、遺物の材質調査などの分析をはじめ、遺物の保存処理、遺跡の環境調査を担当しています。さらに、文化財の保存・修復方法や、劣化を抑制する技術の研究開発も行っています。今回は保存修復科学研究室の仕事について分野ごとにご紹介します。
遺物の保存処理と材質調査 遺跡で見つかる木製遺物は、種類や大きさも千差万別です。そのため、木製遺物の保存処理では、それぞれの遺物の特徴にあわせて、さまざまな手法や設備を使っています。たとえば、建築部材のような大型の木製遺物の保存処理では、文化財用としては世界最大級といわれている真空凍結乾燥(フリーズドライ)機を使用することもあります。また、木簡など比較的小型の遺物においては高級アルコール法と真空凍結乾燥法を併用して、遺物の変形を抑制しながら表面の文字(墨)が保存できるように処理しています。
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写真1 木製遺物の保存処理に使われる大型の真空凍結乾燥機 写真2 木簡に保存処理用の薬剤をしみこませている
様子
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写真3 保存処理前の木簡 写真4 保存処理後の木簡
 一方、金属製遺物は、発掘された直後には金属光沢でピカピカでも、その後にどんどん劣化が進むことがあります。金属製遺物の劣化の抑制においては、さびのコントロールがとても大事です。さびを引き起こす主な原因である「塩」は、金属製遺物の劣化にも大きく関係しています。近年、保存修復科学研究室で調査している埋没した沈没船は、水深20mの海中の塩がたくさんある環境に沈んでいます。
 こうした環境について保存修復科学研究室では、腐食のメカニズムを検討するため、実験を行います。緻密に実験装置を組み立てた後は、根気よくデータを計測していきます。また、劣化が進んでいる金属製遺物は、さびの除去・アクリル樹脂を用いた強化などの保存処理を行っています。
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写真5 崩れゆく鉄製文化財 写真6 海底遺跡での調査
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写真7 自作の実験キット 写真8 保存処理前後の金属製遺物
 出土遺物にとっての最適な保存処理方法は、遺物の材質によって異なります。このため材質調査も欠かせません。遺跡から出土する遺物は、長期間土中にあったせいで劣化しています。そのため、肉眼では材質がわからないことがあります。材質調査は、適切な保存処理をほどこして貴重な文化財である出土遺物を未来に伝えるための大切な作業です。
 材質を知るには科学の力が必要です。科学的な調査方法にはさまざまな手法がありますが、文化財の調査は、「壊さない」、「汚さない」、「触れない」方法で行うことが原則です。そこで、文化財の科学分析ではX線が広く利用されています。保存修復科学研究室ではX線を利用した種々の機器を用いて出土遺物の材質調査を行っています。
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写真9・10 蛍光X線分析による元素分析
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写真11・12 X線回折分析による化合物同定
遺跡の保存とフィールド調査 さて、保存修復科学研究室が扱うものには、これまでご紹介したように遺跡から持ち帰れるようなものだけではなく、現地から動かすことができないものも含まれます。たとえば古墳や磨崖仏、さらには発掘調査によって現れた昔の地盤そのものなどです。これらを保存するためには、それらの遺跡がどのような石や土からできているのか、さらには遺跡現地を取り巻く環境はどのようなものなのか、さまざまな情報を集めるために研究員が現地でフィールド調査を行います。近年は調査機器の利便性が向上したため、現地の気象データなどさまざまな情報を研究室にいながらにして取得することもできますが、やはり遺跡そのものに変化が生じていないか観察することはとても重要です。そのため、研究員はあちらこちらの発掘現場に実際に出向いて調査を行い、情報を集めています。
 こうして集めたデータを研究室に持ち帰ったあとは、今度はパソコンに向かってデータを整理し、遺跡の劣化を引き起こしている要因を検討します。フィールド調査に行くと1日中炎天下の中、歩きまわることも珍しくありませんが、パソコンの前でデータ解析を始めると一転、日中太陽を見ることもなく1日中デスクワークになります。このようにして遺跡の劣化原因を究明するとともに、シミュレーションなども援用しながら遺跡の劣化を抑制するための対策を検討します。このような室内での検討を経たのちに、再び遺跡現地に行き、遺跡保存のための対策をとるとともに、その効果をみるために調査を継続します。
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写真13 氷点下のモンゴルでの古墳の環境調査 写真14 磨崖仏から析出する塩(えん)。塩は遺跡の大敵です。
遺物・遺跡の保存環境の研究 遺物を長きにわたり守っていくには、適した環境で管理することも重要です。保存修復科学研究室では、各博物館と連携し、それぞれの収蔵品をより良い環境で保管・展示できるよう館内の環境をモニタリングし、検討を重ねています。
 ここでは、キトラ古墳壁画保存管理施設での取り組みを例に、環境調査の具体例をご紹介します。 キトラ古墳壁画を保管する上では温湿度の管理が重要です。これが適切でないと壁画に悪影響を及ぼしてしまうからです。たとえば温湿度が高いとカビが発生しやすくなります。かといって、低ければいいかというと、そうではありません。乾燥により漆喰が収縮し、亀裂や剥落の原因になってしまいます。そこで、キトラ古墳壁画の場合は保管室の温度を22℃前後、相対湿度を55%前後に設定しています。さらに、温湿度を測定する装置を施設内のいたるところに設置し、壁画の保管にとって適切な状態を維持しているかを注意深く監視しています。
 また、生物への対策も必要です。自然界には、害虫やカビなどの文化財に悪影響を及ぼす有害生物がいます。条件が揃うと爆発的に繁殖することもあり、短期間で急激に被害が広がってしまいます。これを防ぐためには、侵入経路を絶ち、温湿度の管理や日々の清掃などを通して、生息しにくい環境を保つことが重要です。また、早期の発見と対策のために、侵入経路や動向の調査も必要です。当施設では各所に害虫トラップを設置し、もし虫がかかっていた場合は一匹ずつ同定し、いつ、どこで、何がどれぐらいいたのかをすべて記録しています。その他にも、定期的に壁画保管室内の空気を確認し、浮遊する菌の種類や数などを調査しています。
 このように壁画の劣化を引き起こす様々な環境要因に対して、いち早く環境の変化に気づくことで貴重なキトラ古墳壁画が損なわれることがないよう、常に注意深く環境のモニタリングをおこなっているのです。
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写真15 温湿度を調査している様子 写真16 施設の入り口付近に設置された害虫用のトラップ
文化財を未来に伝えるために よりよい状態で未来の人々に貴重な文化財を残していけるようにするのが私たち保存修復科学研究室の使命です。文化財を守るために、今日もたえず研究室のスタッフ全員は動き回っています。

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