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宮殿らしさ

2019年10月

 平城宮は奈良時代の宮殿ですが、現在の平城宮跡で宮殿らしさを感じられるところはどこでしょうか?そうですね、朱雀門や大極殿の巨大な復原建物は、平城宮跡の名所として定着してきましたね。たしかに、赤色の太い柱や、緑色の窓は、「あおによし~」と謳う都のイメージに合いますね。

 ところで、日本では「宮殿」と言ってもややなじみが薄いかもしれません。現在の京都御所は、平安宮の施設ではなく、里内裏(さとだいり)といって宮外に設けられた天皇の居所で、14世紀以降使われてきた場所です。外国に目を向けると、韓国ソウルには、景福宮(けいふくきゅう・キョンボッグン)をはじめ昌徳宮(しょうとくきゅう・チャンドッグン)や昌慶宮(しょうけいきゅう・チャンギョングン)といった朝鮮時代の宮殿がありますね。また中国北京には、明(みん)代(1368~1644)に建てられ、清(しん)代(1644~1912)にも使われた紫禁城(しきんじょう)があり、現在、故宮(こきゅう)博物院として開放されています。こうした宮殿の中心施設は、日本では目にすることができないと言っていいと思います。

 宮殿の中心部は南北方向の中軸線上に大きな建物が建ちならび、また東西対称に整然とした建物配置をとります。図1は、故宮博物院の中軸線上の建物を、背後にある高さ43mの景山公園から写した写真です。手前が故宮博物院の北門に当たる神武門(じんむもん)で、中央付近(奥)には、平城宮で言えば大極殿に相当する中心建築である太和殿(たいわでん)が、大きな鴟尾(しび)をいただき、やや勾配がきつい屋根を見せています。さらに南北(前後)に建物がならんでいるのが手に取るようにわかりますね。さすがは中国。まさにこれが宮殿だ!と思わずうなずいてニヤニヤしてしまいます。

 奈良時代の平城宮も、故宮博物院ほど建物が林立しているわけではありませんが、やはり中軸線上に中心建物が建ちならんでいました。朱雀門を入ると、朝堂院の南門が建ち、その北には大極殿院の南門があって、さらにその北に大極殿が建ちます。図2は大極殿の背後、遺跡整備がなされた大膳職(だいぜんしき)地区から見た景観です。中央には大極殿院南門建設のための仮設建物(素屋根〈すやね〉)がありますが、手前の大極殿から奥の朱雀門まで、3棟の大きな建物が一直線上に並ぶ様子がわかります。復原建物がなかったら、なかなか感じることのできない景観ではありますが、日本で唯一の宮殿を感じることのできる空間だ!と思わずうなずいてニヤニヤしてしまいます。

 復原工事中の大極殿院南門は、令和元年の5月に柱を立てる儀式(立柱式〈りっちゅうしき〉)をおこない、現在、木造の部材を組み立てる工程が急ピッチで進んでいます。10月26・27日(土・日)には、工事現場を公開します(無料です)。宮殿建築の建設を間近で見ていただける機会です。復原工事現場の公開は、その後も同じような季節に考えていますので、情報をご確認のうえ、ぜひ脚を運んでください。そして、この機会に平城宮跡内を散策いただき、私だけの平城宮、私だけの平城宮跡をみつけて、思わずうなずいてニヤニヤしちゃいませんか?!


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図1 背後の景山公園から見た故宮博物院(筆者撮影2005年)

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図2 背後の大膳職地区から見た平城宮跡(筆者撮影2019年9月)

(都城発掘調査部遺構研究室長 箱崎 和久

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