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ハエがつないだ日韓交流

2019年7月

 ポンテギという韓国の食べ物をご存知でしょうか?ポンテギとは、韓国語でさなぎを意味する単語ですが、一般的には、蚕のさなぎを醤油などで甘辛く煮たものを指し、ある時はマッコリのつまみとして、ある時は食べ歩きのおやつとして屋台で目にする、韓国ではお馴染みの食べ物です。しかし、とにかく見た目のパンチがすごいため、苦手な人は見るのも嫌な、難易度の高い韓国料理のひとつといえるのではないでしょうか。

 このポンテギ、先日思わぬところで再会することになりました。

 愛媛県松山市に位置する葉佐池(はざいけ)古墳。

 韓国全羅南道羅州市に位置する伏岩里丁村古墳。

 場所もまったく異なる二つの古墳ですが、蚕ならぬハエのポンテギ、つまりハエのさなぎが出土しているのです。このハエのさなぎ、専門用語としてはハエの囲蛹殻(いようかく)といいますが、葉佐池古墳では、被葬者の胸から頭にかけて、丁村古墳では、被葬者が履いていた飾履と呼ばれる金銅製の飾り履物のなかから見つかりました。そしてこれらを分析したところ、ハエの種類や産卵の時期、行動習性などから、両古墳の被葬者は、死後すぐに埋葬されず、一定期間明るく、出入り可能な空間に安置されていたことが判明しました。

 なんと、韓国では当時の状況を再現した実験までおこなっています(写真上)。

 古代では、人が亡くなると様々な過程で祭儀がおこなわれていたことが、考古学や文献史、民俗学などで検証されてきました。古代の死生観を描いたものとして、イザナキノミコトが死んだイザナミノミコトに会いにゆく、『古事記』『日本書紀』のいわゆる "黄泉の国訪問譚"が有名ですが、イザナミノミコトがいる場所として、殯歛という言葉が出てきます。別の史料でも、死者を弔う様子が記された箇所には、殯、殯歛、喪といった言葉がみられます。この殯とは、死後、死者の霊を慰め偲び、またその再生を願いつつ、埋葬場所とは別の場所に遺骸をいったん安置し、各種儀礼をおこなう葬送儀礼のひとつですが、実際にどのような場所で、どれくらいの期間おこなわれたのか、その存在も含めて実証がむずかしいものでした。韓国でも同様で、墓誌から3年の殯の存在がわかる公州武寧王と妃の例や、百済王族の殯がおこなわれた殯屋と想定される艇止山遺跡が知られる程度でした。しかし両古墳の調査によって、一定期間死者を埋葬しない期間があり、これが史料にみられる殯であること、殯がおこなわれた場所は、ハエが行き来できる開放空間であったことが分かりました。被葬者に付着していたハエが、殯の存在を証明したのです。

 そして昨年、奈文研と韓国文化財研究所が進める共同研究事業のなかで、丁村古墳を調査した研究員と愛媛県に赴き、現地調査とともに松山市の方々と情報交換会をおこなう機会がありました。情報交換会では松山市の職員が韓国の事例報告に耳を傾け、また韓国の研究員が熱心に葉佐池古墳の状況について質問する場面がみられました。

 両古墳は地域も墓制も異なるため、直接的な比較はむずかしいですが、古代の葬送儀礼をハエが実証した古墳同士、ハエが縁で学術交流をおこなうことができました。 1㎝にもみたない、ちいさなちいさな資料ですが、とても多くの情報を現代の私たちに教えてくれる資料であり、また、遠く離れた地域を結んでくれた資料といえます。

 

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羅州文化財研究所による実験の様子

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葉佐池古墳の人骨に付着したハエの囲蛹殻

 

 出典:羅州文化財研究所2017『羅州伏岩里丁村古墳発掘調査報告書』
 松山市教育委員会2003『葉佐池古墳』

(都城発掘調査部研究員 松永 悦枝

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