2019年6月
木々の新緑がまぶしい平城宮跡は、遠足シーズンもあって小学生でにぎわう季節を迎えています。その平城宮の正門、朱雀門の前に、昨年3月に開館した「平城宮いざない館」があります。奈良時代を体感し、その舞台となった平城宮跡に親しんでいただくための、ガイダンス施設です。
平城宮いざない館の、奥の奥、長~い廊下を90mほど進んだところに「時をこえて」という展示室があります。そこに奈良時代の展示物に囲まれながら、人知れず、静かに佇んでいる展示物があります。 ―「埴輪」―です。 よくイメージされる「おどるハニワ」ではありません。 「朝顔形鰭付円筒埴輪(あさがおがたひれつきえんとうはにわ)」という、花なのか、魚なのか、舌を噛みそうな名前の持ち主です。
奈良時代へいざなう展示室で、「なぜハニワ?」と思われるかたがおられるかもしれません。実は、平城宮の造営に際しては、近辺にあった多数の古墳が (前方後円墳もあれば、小型円墳群、埴輪窯も!)が壊されているのです。古墳を壊す場合には、丁重に埋め戻してお祀りするようにという詔が出されているほどです。
さて、この長い名前の持ち主は、平城宮跡内の東院地区北西部から2005年に出土しました。①羽のような「鰭(ひれ)」をもつ、②最上段の突帯(とったい)の間隔が狭い、③長方形の透かし孔を配する、④三角形の小さな穿孔がある、⑤5世紀中頃特有の調整技法をもつ、といった点が、平城宮跡の北東に位置するウワナベ古墳の埴輪と非常によく似ています。
ウワナベ古墳は、平城宮の北方にある佐紀盾列(さきたてなみ)古墳群の全長255mの古墳時代中期の前方後円墳で、平城宮跡を迂回する国道24号線のすぐ西側に位置します。東院庭園の近くからは、ウワナベ古墳の埴輪を生産したと考えられる埴輪窯がみつかっていますので、この埴輪はそこで焼かれ、もしかしたら、ウワナベ古墳に並ぶはずだったものなのかもしれません。 ウワナベ古墳は陵墓参考地のため、朝顔形埴輪の全体形態と細部の特徴は長らくわかっていませんでしたが、この埴輪の発見によって初めてその全容を知ることができました。
造営当時の平城宮は、掘り起こされた埴輪がゴロゴロと散らばっているところもあれば、藤原宮から運ばれ、リサイクルする予定の柱や礎石、大量の瓦が山積みされた光景が広がっていたことでしょう。平城宮造営という一大国家プロジェクトに向けて、必要な人やモノがたくさん集められるという当時のダイナミックな状況を、「時をこえて」の展示空間で味わっていただければと思います。
平城宮いざない館 展示室4「時をこえて」
平城宮東院地区北西部出土の朝顔形鰭付円筒埴輪(平城宮いざない館 展示室4「時をこえて」)
ウワナベ古墳出土の鰭付円筒埴輪(奈良文化財研究所)
(企画調整部アソシエイトフェロー 廣瀬 智子)