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遺跡に刻まれた災害の爪痕

2019年4月 

 先日(3/8)、平城宮跡資料館で開催されている「発掘された平城2017・2018」(2019/2/2~3/31)のギャラリートークで、平城京跡で発見された地震の痕跡についてお話しさせていただきました。平城宮の正門・朱雀門の周辺から出土した人形や、法華寺旧境内から出土した井戸枠の磚などが展示される中で、地震によって発生した地割れや液状化に伴う砂脈・噴砂の痕跡のある地層を薬剤で固めてそのまま剥ぎ取った「土層転写」(写真1)や実寸大の露頭写真など、発掘調査の成果としては一風変わった展示物の解説でした。展示の企画内容を考えた身としては、見学に来られた方々に受け入れられるかどうか冷や冷やものでしたが、思った以上に興味を持っていただけたようで、ほっとしているところです。

 さて藤原京や平城京の存在を引き合いに、「都があるのだから奈良は災害が少ない安全な土地である」という話を奈良県在住の方からよく聞きます。でも展示した地震の痕跡は、土木実験や過去の被災経験から、震度5弱以上の巨大地震によって引き起こされたと推定され、奈良県もけっして「安全な」とは言い難いように思えます。また現在、奈文研では全国の発掘調査で発見される地震・火山噴火・洪水・津波といった様々な災害の痕跡情報を収集して、地図で見られる「歴史災害痕跡データベース」をつくり、一般公開するための準備を進めています。その作業の中でも、奈良県は縄文時代以降、巨大地震によって何度も被災している事実が浮かび上がって来ました。その震源は南海トラフであったり、内陸の活断層であったりと今後の研究の進捗が待たれるところですが、いずれにせよこの事実を鑑みるとき、奈良県は「災害が少ない」という認識は間違いであるといえるでしょう。日本は「火山列島」「地震大国」「台風銀座」などと呼ばれるように、実はどこでも自然災害と隣り合わせといえます。様々な巨大災害への注意が喚起されるなか、防災・減災のためにも今一度地域の歴史を振り返ってみては如何でしょうか。私たちも、災害の地域履歴ともいえるデータベースを、一日でも早くみなさまにお届けできるよう、頑張って参ります。

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写真1 平城京跡で発見された地震痕跡の土層転写
(「発掘された平城2017・2018」にて展示)

(埋蔵文化財センター研究員 村田 泰輔)

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