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優等生は芯が強い?

2019年3月 

 立派な木製品が出土したよ!――こうした明るい声の報告が発掘担当者から寄せられることがあります。この「立派」というのは、人力では持ち上げられないほど大きいという意味や、とても1000年以上ものあいだ地下に埋まっていたとは思えないほどかたくしっかりしているといった意味であることが多いようです。遺跡から出土する木製品には、埋蔵中の劣化現象によって、元の形状が不明瞭になっていたり、豆腐のようにやわらかくなっていたりするものも多いため、遺存状態が良い木製品はたしかに立派な、優等生のような存在と言えそうです。その一方で、出土した木製品は多量の水分を含んでおり、そのまま乾燥させると収縮や割れを生じてしまうことから、恒久的な保存のためには、遺存状態にかかわらず保存処理を実施する必要があります。

 出土木製品の保存処理法には様々なものがありますが、基本的には木製品の中に含まれている水分を、常温で固体となる薬剤に置き換えて固めるという手法が用いられています。最も一般的な保存処理法の一つである、ポリエチレングリコール(PEG)含浸法では、PEGという薬剤を水に少量溶かした薬液に木製品を漬け、加熱した状態で徐々にPEGの濃度を上げていくことで、木製品内部の水分がPEGに置き換えられます。木製品にPEGが十分しみ込んだら、薬液から木製品を取り出し、冷やして固めることで保存処理はほぼ完了となります。このようにすることで、劣化の進んだ木製品でも、安定して保存できるようになるのです。

 しかしながら、こうした保存処理は、遺存状態の良い木製品ほど易しいというわけではありません。実際にはその逆で、木製品が「立派」であればあるほど、時間をかけて慎重に保存処理を進める必要があるのです。おでんや煮物などを作るときに、食材の大きさやかたさによって、中まで味がしみるのにかかる時間が違うように、大きくてかたい木製品ほどPEGなどの薬剤が内部へしみ込みにくいからです。とくに大きな木製品では、表面付近は比較的やわらかくなっていても、中心部は芯を持ったように非常にかたく緻密であることも多く、薬剤をしみ込ませるのに数年以上の期間が必要となる場合もあります。少し意外かもしれませんが、薬剤をしみ込ませやすいという意味では、比較的劣化が進んでしまったやわらかい木製品のほうが、保存処理のハードルは低いと言えるでしょう。

 このように、現在一般的に用いられている出土木製品の保存処理法では、優等生ほどじっくり時間をかけて面倒を見てあげる必要があります。大きくてかたい木製品を、いかに効率よく良好に保存処理できるかというのは、保存科学における永遠のテーマの一つであるように思います。私たちも芯を強く持って、より効果的な保存処理技術の開発に取り組んでいきたいと考えています。

 

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保存処理用のタンク内に並べられた大きな井戸の部材
(約3年半にわたる保存処理を経て、現在は平城宮いざない館に展示されています)

(埋蔵文化財センター研究員 松田 和貴)

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