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鉄の文化財を保存する

2018年12月 

 「なぜ我々は出土鉄製文化財の保存の研究に取り組むのか?」その理由の一つは鉄という元素が持つおもしろい特徴にあります。

 鉄は元素番号26、電子数26、周期表の中央より少し上に位置する点で特殊性は見出せません。しかし、地殻やマントル、核には地球の体積の約1/3を占めるほどの鉄が含まれており、水の惑星と呼ばれる地球は、実は鉄の惑星なのです。また、鉄は生命にとっても大切な元素です。ある研究では、南太平洋のある海域に大量の鉄紛を散布したところ、生物総量が上昇したことが報告されています。

 さらに、鉄は金属としての性質も極めて特殊です。固体の鉄は温度によって結晶構造が変化し、アルファ鉄、ガンマ鉄、デルタ鉄に変化することで異なる性質を産み出します。これは焼き入れなどの熱処理によって鉄が優れた機械的性質を得ることにつながります。また、鉄は炭素と固溶することでその性質を変化させ、日本刀などの鍛造製品だけでなく鋳造製品も作ることができます。このような鉄の特殊性を理解すると人類が古くから鉄を利用してきたことには必然性があり、鉄の性質には神秘すら覚えます。

 一方で、鉄は腐食の観点からは中途半端と言わざるを得ません。金属の腐食のしやすさは標準電極電位によって見積もられますが(値が低いほど腐食しやすい)、鉄のそれは-0.44 Vに対して、銅、金では+0.34 V、+1.52 V。鉄の腐食は熱力学的に逆らえない自然現象です。一方でアルミニウムやチタンの標準電極電位は-1.66 V、-1.63 Vと鉄よりも低い電位を示しますが、実際には高い耐食性を示します。これは、アルミニウムやチタンは環境中の酸素と速やかに反応して、バリアとなる保護性の皮膜を作るためです。中途半端な鉄は緻密な皮膜が形成されることもなく、ずるずると腐食が進行してしまうのです。

 そのため、遺跡から出土する鉄製文化財の多くは適度な水分と酸素が存在する埋蔵環境下で腐食が進行するため、厚いさびに覆われています(図1)。このような出土鉄製文化財はクリーニングや保存科学的な処置をおこなった後、博物館などで展示されますが、保管・展示中に急激に腐食が進行する場合があります(図2)。しかも、材料として非常に優秀であった鉄は古くから広く利用されてきたため、鉄製文化財の劣化現象は世界中の博物館で問題となっています。まだまだ課題が残る、出土鉄製文化財の保存。「神秘的な機能を備える鉄は腐食に対しては中途半端」、鉄のこの性質が世界中の保存科学者を今も悩ませているのです。

 

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図1 発掘された出土鉄製文化財とクリーニング後の状態(上:クリーニング前、下:クリーニング後)

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図2 保管中に腐食が生じた出土鉄製文化財

(埋蔵文化財センター研究員 柳田 明進)

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